
バイキングが火星探索をした映像を見、驚愕したのは小学生の頃だった。三十年後の現在、宇宙開発は米ソの面子の競争から、経済的な実質を追求する時代へと変化しつつある。
今回米は探査衛星・フェニックスを火星に派遣した。今回の調査して水資源が確認されたなら人の長期滞在が可能になるだろう。火星には、蓋し様々なレアメタルを含む鉱石等、地球には少ない天然資源が埋蔵されている。僕が生きている間に火星へ移住することはないだろうが、次の世代には火星に実験的なコロニーが出来るかもしれない。ようやく開発を進めていく技術と経済的な意義が、確実に生まれつつある。
遠い星からやって来る電波にノスタルジックな響きを感じる世代ではなく、宇宙にリアリティを感じる世代へと世界は変わっていくのだろう。
ロータスエラン/12年来の愛車を手放すこと。

1996年に買ったロータスエランSEを手放すことにした。
理由はそれなりにあるのだけど、そろそろ十分な手をかけてくれる人に譲った方が良いかと考えたからだった。いままで所有した自動車は、フォルクスワーゲン、ホンダCRX、ロータスエランSE、アウディ80アバント、現在はアウディのオールロード。エラン以外はすべてファーストカーである。
セカンドカーというのは、金銭的には大変であるし、経済的な合理性などまったくない存在である。そういう意味で長年の愛人のようなものだった。ファーストカーと同じように、車検があり、自動車税を払い、また修理費を払う。普通セカンドカーのエランが壊れやすく、扱いずらそうなものだけど、一番壊れたのは同時期のファーストカーのアウディ80アバントだった。時折、トラブルに見舞われはしたけれど、深刻なトラブルはこの12年なかった。(ちなみにアウディはエンジンが壊れ、ほぼ部品換装したが完全に治らず、僅かな金で売却した。)
経済的な合理性はなかったが、自動車性能の価値は高かった。イリーガルな速度で高速道路を(しかもオープンで)激走中にふらっと目の前に自動車が割り込まれた時、ステアリングを切って横にすり抜け助かったことがある。コーリンチャップマンのバックボーン・シャーシから来る俊敏な運動性能のおかげだと痛感した。そういういざという時の、俊敏な対応力は抜群であったし、それまでには知らなかったスーパーカーの世界を垣間見せてくれた。当時は革新的なFFスポーツカーであり、偉大なコーナリングマシーンだった。鈍重なMGB・V8、MGFと比較検討して買ったので、殊更満足したのを覚えている。

箱根、伊豆、京都、那須等に遠乗りをし、ツインリンクもてぎのロータスミーティングに出掛けたり、カーマガジンの取材に参加したりと(編集者の知り合いのルートが転々とし、嫌になって集合写真撮影後に逃走したのだが…)いろいろ活躍した。バッテリー、ウインドー等の、マイナートラブルもそれなりにあった。でも事故も致命的な故障もかなく、良い状態でいままで維持できたと思う。
ロータスエラン・M100には愛好会のサイトもあって、ユーザは生産終了から10年以上経った自動車とともに頑張っている。こういう素晴らしいオーナーの手に渡り、多少はレストアしてもらって往年の良さを取り戻し、大切にしてもらってほしいと願っている。
安部元首相を再評価する。
戦略的互恵関係の構築に向け。相互訪問を途絶えさせない関係をつくっていくことが重要だ。国が違えば利益がぶつかることがあるが、お互いの安定的関係が両国に利益をもたらすのが戦略的互恵関係だ。問題があるからこそ、首脳が会わなければならない。
私が小学生のころに日本で東京五輪があった。そのときの高揚感、世界に認められたという達成感は日本に対する誇りにつながった。中国も今、そういうムードにあるのだろう。その中で、チベットの人権問題について憂慮している。ダライ・ラマ側との対話再開は評価するが、同時に、五輪開催によってチベットの人権状況がよくなったという結果を生み出さなければならない。そうなることを強く望んでいる。
これはチベットではなくウイグルの件だが、日本の東大に留学していたトフティ・テュニヤズさんが、研究のため中国に一時帰国した際に逮捕され、11年が経過している。彼の奥さん、家族は日本にいる。無事釈放され、日本に帰ってくることを希望する。
(胡氏との会食にて述べる)
安部元首相は偉いと思う。信念を貫かないことに得を見出す、老獪な政治家に一矢を報いている。しかし勿論、政治は正論だけではない。が、安部氏の態度を無闇に批判した朝日のような欺瞞に満ちた新聞は思い知るべきだ。偽善に満ち満ちた高慢な態度が日本を疲弊させている一因であることを。
春の海原。葉山→初島

葉山マリーナを出発したのは10時半だった。
昨晩の雨天から曇り空となり、肌寒い海原へとボートで出航した。
33フィートのクルーザー。相模湾に面する葉山から、伊豆初島までは一時間半程度の航海だ。友人たちと集い、十名ほどで一路向かった。近海であるのだが、初島までの航海では出会う船は少ない。ちょうど五海里程度の沖合いを進むため、ヨットや小型船舶が沿岸で楽しむ航路をずれているからだという。
360度に拡がる海原と水平線を眺めていると、普段の生活をまったく離れてしまう。至極気持ちが良い。
潮風を浴び、若干具合も悪くなる者もあったけれど、無事島に到着できた。

初島に来ると、まるで遠い小島に来たかのようだ。とても都内から二時間程度でやって来た場所ではない。岸壁に干された網のカラーが眩しく、その収穫物である初島の豊かな海産物を堪能した。あわび、イカ、伊勢海老。新鮮過ぎるくらい新鮮である。実に素晴らしい食材だった。
青山次郎氏はひと夏のヨット生活とぐい飲みを交換したと随筆に書いているけれど、確かに交換する価値のある程、海は喜びがあるなと思う。ヨットで来ると、同じ航路が8時間かかるそうだ。普段のサーフィンに似た自然の力には憧憬があるけれど、まあ僕は船旅には強くないらしい。
僕は昔ヨット部に在籍して一年を海で過ごしたことがある。しかしある台風の時沖の波に呑まれて以来、海が怖くなって部を辞めてしまいヨットには乗らなくなった。その後、高校時代の友人がヨットレースで他界したりと、確かに海の恐ろしい側面も良く理解している。やがてサーフィンをするようになって再び海に戻り、沿岸では大丈夫だけど、やはり陸地が見えないと少し不安になるらしい。
翌日僕は筋肉痛になっていた。多分、体中に力を入れていたのかもと、自分を笑った。友人たちはまったく大丈夫だったらしく、至極楽しかったと笑っていた。
現在は過去の文化の複製を生み出し、そこに文化を感じていることで危うげに結びついている。

現在は過去の文化の複製を生み出し、そこに文化を感じていることで危うげに結びついている。多様であった文化は、「共通言語」として一元化されていく方向を進んでいる。世界は一元化した「共通言語」で人の魂を救済できるのであろうか。
メディアの技術は「共通言語」を生み出し、世界の知識を一元化しつつある。しかし共通言語は幸せをもたらすのかどうかは分からない。「共通言語」の間で魂は凍りつくかもしれないし、結びつくはずの糸が解けていくきっかけになるのかもしれない。それでも技術は世界を結びつけ、人の魂を浚っていく。蟹の群れを底引き網が根こそぎ浚っていってしまうように。それでも人の魂は、海底に潜む蟹のようにしか生きていけない。
紙はかつて人々の魂に大胆な変化をもたらした。それまでの人は紙によって、別の空間、時間からやって来る他の人の言葉を知らなかった。言葉は人の口から出で、人の耳に入るものでしかなかった。息、体温、その場の空気というノイズとともに、言葉は語られるだけであり、同時の空間の中で紡ぎだされるものでしかなかった。物語も知識も、人の口から膨大な周辺の情報と共に伝えられ、それを人は理解し、その周辺情報の残滓から文化が育成された。神話、方言、さまざまな所作は、そういうノイズを包含しながら真髄であるところの意味を醸成して来たのである。
無駄がなくては文化が出来ないと言う真意は、つまりはそういうところにある。酒が菌による醗酵によって生み出されるように、文化は不純物によって醗酵出来る。つまり、余りにも有機的なものなのである。だからこそ、文化は宿木であるところの、人を決して出ることができない。宿木が失われればその文化は死んでしまう。
周囲に存在する人は、文化の伝承者として尊敬され、社会的な位置づけを帯びていた。勿論すべてが優秀な伝承者であったわけではない。副産物として迷信が生まれ、無知蒙昧な人々となっていたことも否めない。十八世紀以降の「文化人」たちは、啓蒙(エンライトメント=光を当てるという英語の方が分かりやすい)と称して市民社会を生み出そうとした昔の人々は、そういう不純物に目をつけて浚っていった。次第に宿木は倒され、無知の蔑称と共に排斥されて来たのが、つまり近代である。マルクスが自然から疎外された存在としての人間を発見できたのも、まさにそういう現実が顕在化しつつあるのを目の当たりにしたからだろう。
グーテンベルグの印刷機の発明も、紙の大量生産も、文化の神話性を貶める役割を帯び、やがて写真、映画、音響装置の発明が拍車をかけてきた。テレビとインターネットがあまねく普及した(つまりユビキタスある)現代の市民社会はそういう文化の磨耗のある極点となっている。これは地球温暖化よりも深刻な問題であり、人の生きる意味に関わる問題である。(日本の自殺者の急増も、蓋し文化の崩壊と深刻な関わりがある。)
勿論現在も、企業文化等、「文化」という言葉は周囲に満ちている。しかしその「文化」という言葉は文化のメタファーでしかない。「共通言語」は、政治的な思惑とシンクロナイズし、つまりデファクト化した知性として、最後の砦である言語の障壁をクリアしようと目論んでいる。これも技術の進歩で早晩実現するかもしれない。
そこには不純物は存在しない。純粋な水で生物が死に絶えるようにすべての魂は死に絶えるだろう。その先に残るものは、ゾンビとなった人に過ぎないのではないか。ゾンビにも欲望はあるのだろうか。そこは平準化した死=最大化されたエントロピーが満ち満ちた静かな地獄であるにちがいない。
ネットワークを完璧に破壊するウィルス以外に「魂」を救える救済者はいない。キリストは再度降臨するだろうか。
アポフィス (99942 Apophis) は、アテン群に属する地球近傍小惑星の一つ。2004年6月に発見された。地球軌道のすぐ外側から金星軌道付近までの楕円軌道を323日かけて公転している。
アポフィスという名は古代エジプトの悪神アペプ(ギリシア語でアポピス、ラテン語でアポフィス)に由来する。
2004年12月、まだ2004 MN4という仮符号で呼ばれていたこの小惑星が2029年に地球と衝突するかもしれないと報道され、一時話題になった。その後、少なくとも2029年の接近では衝突しないことが判明している。
春の房総・サーフポイントを巡る。

青空、暖かい南風。週末、房総へサーフィンに行く。
鴨川の歴史あるポイント・シーサイドで緩い波に乗り、ようやく春の到来を感じた。鴨川でも有数の高級なマンションが立ち並び、とても気持ちの良い場所だった。波は膝、たまに腰くらいのセットが来るだけだったが、スムースなライディング、そして鹿嶋とは違う緩やかな豊かさ、というか荒涼としたところがない。
翌日、長期に波を楽しむために滞在する場所を探すため、房総を一日で周ろうと、国道128号を北上した。
勝浦の部原は波がなかったが、日本有数のポイントであり、目の前にはロイヤルバンベール勝浦というマンションが建っている。ここだったら、毎日良い波が見えるだろうと、夢想する。
次にサン・ドライブインから崖下を眺める。ここはかつて霊場だった土地であり、現在ドライブインは閉鎖されている。部原がクローズすると素晴らしい波が立つそうだが、高所から眺めると降りるのが怖そうだ。また後に知ったけど、幽霊話も多いところだそうだ。昼は燦燦と陽が差し、そういう雰囲気はないのだが…。
次に御宿に寄り、そこから岩舟へ。釣師海岸へと128号から細道を左へとしばらく向かう。次第に人気がなくなり、海岸への入り口が現れる。その崖に掘られたそら恐ろしい程暗いトンネルを抜けると、切り立った崖の下にある海岸に出る。落石が一面に散乱している。なんでもここはサーフスポットだけでなく、ゲイ・ビーチとしても有名らしい。
やがて128号を北上していくと、お洒落なサーフショップが大東を過ぎた辺りから点在しはじめる。サーフショップに併設されたカフェでクラムチャウダーを飲む。

一宮、片貝海岸を過ぎ、最後に向かったのは、九十九里の成東周辺。
ここまで房総を北上する来ると、人影もなく、荒涼とした海が広がっている。
同じ天候の中周ってみると、本当に表情が異なっている。普段良く行っている茨城とも、湘南とも違うなと思う。なかなか一箇所に場所を決めるのは難しい。さまざな土地を巡りつつ、波に乗るのが一番楽しいのかも知れない。
バルテュスは違法なのか。表現の自由を奪う暴論。

子どもの性の商品化に歯止めをかけようと、日本ユニセフ協会は11日、児童買春・児童ポルノ禁止法の改正を求めるキャンペーンを始めた。18歳未満を写した性的画像・写真の単純所持を処罰対象に加えるとともに、マンガの虐待描写なども「準児童ポルノ」として違法化するよう訴え、賛同署名を集め、政府・国会に提出する。
中国人のアグネス・チャンが筆頭になってユニセフの下部組織でもない組織が痴呆的な表現規正法を進めようと、、あたかも正義の旗印のようになって表現を規制をすすめていくそうだ。
どこに正当性が生じるのか誰が判断するのだろう。確かに幼児性愛は行為としては犯罪としても仕方ないが、空想また想像上のポルノを規制していく(絵でも規制する)というのだから、何が幼児性愛を喚起するポルノであるのか明確な定義をするべきだ。所持で逮捕する等と、自由を売り渡しているとしか思えず、明らかに国家権力の濫用にしかならない。
配布の容疑で逮捕したとしても明らかに表現の自由に抵触するし、(定義が曖昧なら)いわんや所持で逮捕するとはどういうことか。先日もロバート・メイプルソープの写真を猥雑だと裁判で争ったばかりであって、日本のポルノグラフィと芸術判断の定義など曖昧極まりないし、そんな馬鹿な法案が可決した暁には、国家治安維持法以上の悪法になりかねない。
仮に、一度アメリカで問題となったバルテュスのワイン(ムートン・ロートシルト)ラベルを持っているだけで逮捕できるようになったら、それを規制する基準等なにもないのです。表現として幼児の姿態を撮影した写真ならば本人(子供)が介在する問題となっても理解できるが、絵画(及び漫画)で規制するという理由づけには甚だ無理がある。性犯罪者を取り締まることに注力を向けるべきであり、表現の規制で性犯罪がなくなるわけではない。
表現の自由を奪うような社会には、アートはありえないし、越境していく冒険者も生まれない。偽善者どもはそういうことを知っての確信犯か、はたまた阿呆なのか。
児童買春・児童ポルノ禁止法の改正(悪)には、私は反対です。
旧友の個展と変貌する表参道

表参道から明治通りに抜ける小道を歩いていくとCafe mi mondoという小さなギャラリーがある。そこで二十年来の友達の画家が3月9日(日)まで個展を開いている。ちょうど初日にオープニングがあるというので、普段は行かない原宿の街に出かける。ここ数年の変化は凄まじく、また魅力的だった。僕は新しく出来たというビブレ跡のファッションビルにある、マルタン・マルジェラ店舗にて、22番・白いスニーカーを買ってしまってから、その脇にある小道をギャラリーへと急いだ。その少し前までは静かな住宅街だった小道にも、表通りを模したファッショナブルな店舗群が地下茎のように進出している。
90年初頭以来、日本の自力での景気は下降の一途であるが、海外の資本が確実に日本の風景を変貌させたのだと思う。表参道の表側には、軒並み海外資本のブランドビルが立ち並び、日本のブランドは地下茎に逃げ込むかのようだ。(まあ勿論、代々木公園は米軍住宅の跡地であるし、歴史的にバタ臭い街なのだけど)

それはさておき、旧友の画家・福川氏の個展は盛況だった。バービー人形と髑髏をモチーフにカラフルな印象の連作を展開していた。客層もポーランド人、オランダ人等、国際的だった。彼は8年フランスに在住した後、日本に戻ってからも精力的に画を描いている。
春めく週末の一日、表参道の地下茎をさ迷いながら愉しみ、神社の奥にあるギャラリーに行ってみるのも面白いと思う。
自動車いろいろ。それにしても疑問な価格戦略。
BMWが新しいクーぺを発表したという。
BMWJ、「1シリーズ・クーペ」発売・価格抑え若者狙う
ビー・エム・ダブリュー(BMWJ、東京・千代田、ヘスス・コルドバ社長)は26日、クーペタイプの高級小型車「BMW1シリーズ・クーペ」を発売したと発表した。2ドア4人乗りで排気量3リッターの直列6気筒エンジンを搭載する。価格はMT車が538万円、AT車が549万円。BMWブランドでは一番安価なクーペとなり、スポーティさを求める若年層など新規顧客の開拓を狙う。(NIKKEI NET)
それにしても、1シリーズのクーペに538万円(総額600万円?)払う若者って、日本のどこにいるのだろう。自動車離れがいちじるしく、しかもクーぺに魅力を感じる若者…って。三十過ぎても年収500万が難しい世の中で、一方市場は小さいけれども成功した企業家だとしたら、若くたって1シリーズは乗らないだろうし(倍してもM3乗るだろうと思う)BMWが売れようが売れまいが別に関係ないのだけれども、インプレッサSTIが400万円以下で売ってる国なのにと言ってあげたくなる…。
まあこういうところからも、もはや日本が彼らのアジア戦略の思考の想定外になりつつあるのだなと痛感する。蓋し、シンガポールや、中国の若い企業家たち、インドの企業家にとっては高くない価格だから。まあインドはそもそも関税が倍くらいかかるけど…。カムリが600万円くらいするし。世界的にサブプライムだとか、国内では年金問題も、地域自治体の破産も心配されているのに、まだ世界の経済の歯車はぐるぐると拡張に向けて進行しているのだろうか。
東京ドーム・ポリスのライブを観る。

ポリスが再結成し、ライブを観た。
二十年前に同じ東京ドームでスティングのコンサートを観たのだけれども、五十半ばを過ぎたスティングがポリスで歌うとは想像しなかった。そういう意味で確かに懐メロのコンサートなのだろう。昔ベンチャーズが80年代に来日した時、そのファンの方々に対する若かった僕らの冷ややかな眼差しを思うと、どこか素直に喜べない何かが潜んでいる。
ロックの世界は老いないと誰もが思い、しかしロックも老いている。(現実的に)J・ロットンが『ロックは死んだ』と言ってから約30年が経ち、そろそろ壮年期から老年になりつつあるかつての若者たちが、リバイバル・マーケットを生み出している。『自分たちはまだ若い。元気があるんだ』そういうファンの想いがこだまし、同時にかつて失われた青年期へのノスタルジーが背後から溢れてくる。『昔のロックは凄かった』と、息子や娘に自慢するのか、それとも最後の一声を聴いてみたいのか。
演奏は素晴らしかった。最後までオリジナルメンバー3人の演奏で乗り切り、若さのドーピングよろしくゲストのミュージシャンが活躍するRストーンズとは違う。A・サマーズのギターも、熟成された凄みを感じさせるし、S・コープランドのパーカッションは、六十半ばとは信じられないエネルギッシュな演奏だった。スティングの声は、相変わらず素晴らしい高音で歌いあげる。
確かに再結成はある種の追憶のビジネスかもしれない。でも理屈っぽく思う自分よりも、素直に楽しむ方がいいなと思う一夜だった。

