10月半ばにオープンし、『ソロモンの賢人』でも取材を受けていた西麻布にあるレストラン・エキュレに行く。ちょうど週末の金曜日だったが、席は十名ほどでほぼ満席だった。革張りの一人がけのソファでフランス料理を食するというのは、少しばかり不思議な気がする。
食事はコースになっていて12,000円と、デザート&パンが充実した+4,000円のコースになっている。給仕は3名、そのうちの一人が来栖氏で、彼はパンとデザートをサーブする。バケットは、駒場東大前にあるル・ルソールから取り寄せているという。
僕はスペインの辛口のスパークリングワインをグラスで飲みながら、料理を待った。
2009年11月6日金曜日。1品目は、アミューズとして、カリッとした脂:イベリコハムを揚げたもの…これは少し揚げ方に(タイミング)が、微妙にずれた感じだけど、中身はうまい。
2品目はいがぐりのスープ…秋の栗の甘みが口に広がるロマンティックな味わい。
3品目は美白と題された、ホワイトマッシュルームとかわはぎの一品。かわはぎの肝のソースとホワイトマッシュルームって、結構美味しいなと思う。フランス料理でも、和食でもないフュージョン感が面白い。
4品目はホタテパン…ホタテを焼いたパンと黒トリュフで挟んだ一品。トリュフって美味しいけど、大量に食べたらどうなんだろうとか、妙なことを空想する。味は上々。
5品目は、じゃがバターと題された、ソテーされたしっかりした量のフォアグラと、サツマイモ。フォアグラは、まさにフランス料理の王道って感じで美味しく、サツマイモは僕にはどう料理されたのか分からないけど、とても上品な石焼きイモという印象。
6品目は潮風と題された、アズキハタに青菜としじみ、全体にゆずの香りがする和の感じの一品。
7品目は、鴨。非常に貴重な鴨の肉を取り寄せたらしく、臭みも無く、素晴らしい。いままで食べた鴨のなかでも最高の部類だ。その次の2品は、デザート。いちじくとモンブラン。軽くてさっぱりしている。
デザートを+している人は、そこからパティスリーリョーコのキャラドゥー等、6品がサーブされる。最後は元麻布のミ・カフェートのキロ6万円?とかいうコーヒー豆(少量づつガスで封をされ梱包された)を挽いてから、来栖氏自らが目の前で注いでいく。
シェフは元白金にあるカンテサンスのスーシェフだったらしい。カンテサンスは行ったことないけれど、伝統的なフランス料理からヌーベル・キュイジーヌになって久しいが、もはや別カテゴリーのフュージョン、ジャパニーズ懐石フランセーズと呼びたくなる。店のサービス&料理の統合的な印象を言葉にするならば、ロマンティック、ノスタルジック&一生懸命。
価格以上の食事(食材&技術)とサービスがあるので、ぜひ足を運んで損はないと思う。しかし食事に集中するほかない環境なので、接待&デートには難があるかもしれない。
西麻布・六本木界隈でのBar事情

近頃バーに酒を飲みに行く人は少ない。それでもバーに好んで出かける人もいる。
多分普通は外で飯も食わずに酒を飲むことが悪癖と考えるか、高価で無駄なものだと考えているからだろう。実際ハードリカーと業界では分類される消費は落ち込んでいるし、ちなみにウィスキーの市場など、小売で10年云年前の約10%程度だという。実際の消費者市場(飲食店、バー、クラブ、で飲んだものの全体。総額いくらになっているか分からないという謎の市場)は、接待費の大幅減によって更に冷え込んでいるに相違ない。
バーはチャージもあるし、店で売っている酒を割高で飲むなんて馬鹿らしいと思う人こそ、ぜひ一度バーに行ってみて欲しい。まずは、バーテンダーの技術を計る為にも、カクテルを頼んでみるのが良い。
そんなカクテルなんて飲まないよという人を幾人も知っているけど、本物のカクテルを飲んだことがない人がばかりである。カクテルを一般的な居酒屋で頼むと、ほとんどはまがい物である。シュミラクールされたカクテルでしかない。コンクと呼ばれる出来合いの混ぜてあるモトネタに、ソーダと氷を入れたものでしかない。シュミラクール・カクテル=カクテルもどきである。
前置きはさておき、じゃあ西麻布・六本木でどこに行けばいいかと云われたら、僕はいくつかお勧めできる、ここはという店がある。普通行きつけの店を教えたくないけれど、このままでは絶滅しまうこともあるからと、そういう気持ちからお勧めを二軒。
BAR minimal
(バーミニマル・03-3423-3663・ 20:00~翌4:00・東京都港区西麻布3-13-1 メゾン・ド・ロン西麻布 2F)元バー・ラジオにいらっしゃったという主人。その日のフレッシュフルーツ出来たカクテルが素晴らしい。多くとも二人、独りでしっとり飲むのがいいかなと感じる、静謐な空間。二階にあるので、飲みすぎには注意してください。値段はそれなりですが、言葉どおりミニマルな室内で、B&Wのスピーカーから聴こえる弦楽の響きとともにお酒を愉しめます。
Bar.
(バー・03-3423-7577・19:00-翌4:00・東京都港区六本木5の9の14第七ヴィレッヂビル1階奥)
六本木・芋洗い坂の雑居ビルの奥のBarであり、バーという名前。主人は日本バーテンダー協会の六本木支部長。お勧めの気分を言うと、カクテルを用意してくれる。飲食業界関係者が多く集う店。扉は重々しく、入店に躊躇するかも知れないけれど、価格はリーズナブル。
その他、六本木ヒルズを考えると、グランドハイアットのマデュロは論外。バカラ・バーは内装も味もそれなりに良いけれど、値段の割にはと躊躇。及び客層が僕には苦手かな…と。残念なのは、ヒルズにあったウォッカトニックリーズナブルで良い店だったのになくなってしまい、でも本店は西麻布に現存。ウィスキーのシングルモルト等に興味があるなら、ぜひお勧めです。
本当のお酒は価格とか、希少性とかではなく、供ずる人の力なんです。<tokyotaro>
銀座マキシムに行く・高級フランス料理の代名詞

銀座にある『マキシム』の名は余りにも有名だけれども、いままで食する機会がなかった。
理由は高級である=値段が高いということもあるけれど、その他東京のレストランと比べて高価すぎる訳でもない。確かに70年代当時から、高級レストランの代名詞として確か漫画でも見た気もするし、子供でも、どこか遠くで聞いたことのある名だった。自動車のメルセデスベンツであり、フェラーリのように乗ったことがなくても、(当時は見たことがなくても)知っているべき高級レストランだった。
先日出版されたミシュラン東京にも掲載されていないし、勿論それ以前に、80年代からのフランス料理を含めたヌーベル・キュイジーヌの波から取り残された遺跡のような存在である。だからこそ、90年代に大人になった僕としては、そこで食事をしようという頭の中に存在していなかった秘境であった。
壁には、マリアカラス、イブ・モンタン等かつてのフランスの著名人の訪問時のサインが飾られ、バーは古色蒼然と、ロートレックの絵(勿論本物ではないが)で彩られている。椅子はベルベット地である。現在主流である、ミニマルなスタイルの余分がない空間とは対極にあると言ってもいい。しかしここは、確かにイメージするフランスそのものである。シャンソンが似合う空間であり、五月革命以前のフランスへの追憶そのものだと感じる。80年代の五木寛之氏がパイプを吹かしていそうな場所だ。
およそ日本のトレンドは欧米より20年遅れているから、まあ1967年オープンのこの店が1947年のトレンドを体現しているのだろう。現在では、まあ10年以下のギャップかもしれないけど。
食事は、それなりに満足できるフランス料理だということだけに留めたい。良かった点は、ワインリストに飲み頃の銘柄が良心的なプライスで載っていることだ。ワインについては、巷のワインショップで売っている値段よりも、(近年のユーロの高騰も影響しているのだ)安いものが多くある。そこは歴史がある故なのだろう。
それにしても子供の頃想像していた「高級フランス料理」を食し、かつての「高級」の意味を知ったのは、とても感慨深かった。
サンテミリオンの罠

日曜日の青空の下、エノテカでサンテミリオンを試飲した。4500円程を支払うと、2001Chカノン・ラ・ガフリエール、2001Chラ・クースポード、2001Chキノ・ランクロ、2003Chモンブスケ、2003Chヴァランドローという錚々たる銘柄を愉しめるという。店先の黒板では十日前から告知していたので、大勢集まるだろうとわたしは予約までしていた。しかし予想は外れ、私の他には、四十くらいの女性とその連れの黒眼鏡をかけたアメリカ人、ソムリエ志望風の青年(二十代後半?)の二組だけだった。
屋外の席に着く。テースティングシートとペンを渡され、ブラインドでお試しくださいと言う。五つのグラスが目の前に置かれた。えっと、私は動揺したが、もはや引き返せない。テースティングと言っても、なんだか薀蓄の説明があって美味いワインが飲める程度に想定していたので、まさに予想外だった。
縦軸に1番から5番あり、横軸に色、ブーケ、フレーバー、そして総合という空欄があった。まさに空欄、選択するわけでもない。横を見るとソムリエ志望の青年がグラスを傾けてワインの足(液の粘度)をみたり、ナプキンをあてて色味を見たりしている。また向こうでは、小太り眼鏡のアメリカ人がひっきりなしにノートにメモをしている。うーんと焦る。大体、ワインの色なんてガーネットしか言葉が浮かばない。このメモは提出したりするのだろうか…。携帯のネットで調べようと思うが、目の前のワインの答えなんて出てるわけもない。はやくも降参したくなり、安く高級な酒を飲んでみようなどいう目論見が悪かったのだと後悔する。しかし目の前には解答用紙、そして5つのワイン。
まるで勉強しないで模試を受けに来てしまった時の心境である。十年数年も経ってこういう心境になるとは思ってもみなかった。ソムリエ志望の回答をカンニングしたいと思う。そういう時こそ、感覚も脳も総動員される。結果は別として…。
上に書いた順に飲んでみた。1番目が結構いい酸味、しっかりとして美味しい。2番目は酸味が軽く、ちょっと平板な感じ。3番目は酸味がよく、タンニンもある。バランスもいいし、深い赤が美しい。4番目は乳製品ぽい味がする。他とは違う独特な味。ミッシェルロラン(有名なワイン研究&醸造家)のワインに似ているかな??5番目は酸味がある。でもしっかりはしていない。悪くはないけど???
結論は、1,3、5が一万円台の高級ワイン、2が一番安い中級クラス、4がシンデレラワインと言われる5万円のヴァランドローか、と私思った。1銘柄しか飲んだことないので、乱暴な判断である。そしてそれ以上は回答できない。ギブアップである。
「答えをくださいませんか」
と別の店員さんに言うと、
「さきほどのお渡しした紙の順です」
と言う。
絶句。意味不明だった。さっき言われたブラインドはどういうことか。
「カジュアルなもので、特にそれ以上の回答はご用意していません」
と、明るい笑顔が告げた。
そのサンテミリオンたちは、とても良いワインだった。
<tokyotaros>
ピエール・ガニエール東京に行く。
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フランスの三ツ星シェフである、ピエール・ガニエール氏が東京に店をオープンした。場所は青山のプラダ本店の隣である。11月29日にオープンし、フランスから駆けつけたガニエール氏自ら、スタッフに事細かに指示をしていた。私が足を運んだのは、オープン後5日目だった。パリの本店に続いての出店であり、先週末まで本人が常駐していた。
インテリアはフランスのコンテンポラリー・デザイン。フィリップ・スタルクのスタンド、ミニマルなシャンデリア、四面ガラス張りの室内、緑色の椅子のコージーコーナー。ランチだったので、店内は光に満ちていた。
昼のコースは、前菜、魚、メイン、デザート。しかし供される品々は、私の想像できない領域の品々だった。これほどのバラエティーのある料理を、私は知らなかった。写真で撮ったのは、前菜の品々である。レンゲにフォアグラのコロッケが一口やって来て、その後、いくつもの味覚のハーモニーを楽しむ。ウコンのムースを固めたようなもの等、普段フランス料理店では供されない不思議な品々を何種も楽しんだ後、この前菜がやって来た。
メインは羊肉、そして蕪と人参を煮込んだものだった。でも羊肉と野菜はそれぞれ別のスープで煮込まれ、その有機野菜を、ガニエール氏が惚れて調達した言う。とても甘く、土の味がする程の鮮度だった。野菜の素性を昇華した味つけだった。しかもガニエール氏自ら、私に給仕をしてくれた。母の誕生日で食事をしていたのだけれども、そういう事由も忘れてしまって自分が舞い上がってしまった。<さすが馬鹿者である>
最後に印象的だったのは、バラのムース・マシュマロである。口入れると、新鮮なバラの花びらを食べたような清涼感が満ちてくる。フランスではバラのエッセンスは有名だそうだけど、私は体験はしたことがなかった。
画家のパレットを食べているような食事、それが私の感想だ。おいしい店でも、素晴らしい皿が二品あったら、お金を払う価値があると思うけど、ここはその十倍は価値がある。自分の味覚の領域が、明らかに拡張したからである。
料理のアーティストというものがあるのなら、まさに彼は巨匠だと実感させられた。<tokyotaro>
東京のイタリア料理
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イタリア料理というと、僕は六本木通りにあったニコラスの看板を思い出す。
ニコラスは、六本木通り沿いにピザを抱えた男の漫画風なイラストの看板を掲げていた。1970年代初頭の六本木の存在しない光景と看板の意匠が、今でも奇妙に脳裏に焼きついている。調べたところ、ニコラス六本木店は1954年にオープンし、リニューアルして現在も営業をしているそうである。1980年代後半<バブル>までの東京では、ほぼ真っ当なイタリア料理なんて存在しなかった気がする。六本木のキャンティー、シシリア、代官山のAnotio、くらいがイタリア料理屋と呼べるものだったと思う。まだ六本木界隈が静かな住宅地だった頃である。
僕は1980年代の半ば、コモ湖にある知人の家にホームステイしたことがある。その家には、専属のシェフが住んでいるような立派な家だった。厩舎が庭にあるような、典型的な北の成功者の家庭だった。ちょうどイタリアが政治的な不安を抱えていた時期だったので友達の両親は独りで外に出ることを許さず、ほぼその家(といっても東京ドームくらいの敷地)で一日中過ごしていた。それで暇にしている僕に、その家族がピザの作り方を教えてくれた。生地からオリーブオイルを混ぜて練り、しばらく寝かし、最後に30センチくらいに伸ばして、チーズとバジルをちりばめてからオーブンで焼く。その夜の夕食に、初めて僕で作ったイタリア料理(?)をイタリア人が食べてくれた。
思い出すと、その当時のイタリア料理はオリーブオイルを大量に使っていたし、味がしっかりしていた。その10年後訪れたときには料理が全体的に軽くなっていた。
近頃東京で評価されているイタリア料理は、ほとんどが90年代以降の店である。勿論、30代前半のシェフがイタリアに修行したとかいう店なら、せいぜい97年以降の話である。だから味があっさりしている気がしてならない。
東京のイタリア料理は、和風イタリア料理と最新のトレンドの両極端であると思う。外国料理を、その国以外で評価するのは難しい。但し、日本のイタリアンは悪くはない。<全体的にはとても平均点が高い>
ちなみに僕が東京で食べたイタリア料理のベストは、90年代当初の恵比寿のイル・ボッカローネと、90年代後半のラ・ゴーラ。どちらも味がしっかりしていて、料理の骨格が明瞭だった。
そんなことをつらつら書いていると、何がなんだかわからなくなってくる。文化を頭で食っているのか、それとも素材を食べているのか…。まあそれはともかく、ニコラスのピザの看板から想像したかつてのイタリアの料理が、何よりも食べてみたい。
私は遠い記憶を食したいのだと思う。
<tokyotaro>
蕎麦と東京の記憶
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僕にとって、蕎麦は東京の記憶と繋がっている。
十年前くらいからだと思うが、蕎麦のヌーベルバークとして手打ちの新たな蕎麦などが出回っている。大抵、店のインテリア、そば猪口等から個性的あって、味が悪いというわけではない。それなりに真剣なスタイルの確立を目指している。但し、亜鉛版のインテリアであったり、鉄もどきの陶器であったりと閉口することは多い。でも大抵の食通とかいう雑誌には評価されている。水、そば粉等に拘り、手打ちのしっかりした食感に良いところがあるらしい。記事を読んで期待し、試してみることも少なくない。しかし僕にとっては、現代風の田舎そばに過ぎないと思う。蕎麦に関して僕はとてもコンサバティブである。
そういう僕が好きな蕎麦屋は、浅草、神田、赤坂等にある。中でも、祖母と通っていた三十余年前の想い出があって、赤坂の『砂場』が好きである。もはや韓国街になってしまっている赤坂において、かつて料亭が賑わっていた頃の風情をいまでも感じさせてくれる。
祖母は松竹蒲田で女優をしていた明治の女であり、僕が幼い頃に他界してしまった。その頃、祖母に手を引かれて歩いた記憶に見える光景は、青山通りを歩く左翼学生デモの群集、日劇のミュージックホールの電飾、青山ユアーズにあった芸能人の手形,,晴海通りを走る都電であったりと、今は失われてしまったものばかりだ。その同時代に力のあった事柄は、すっかりと消滅してしまった。
蕎麦をすすっていると、江戸の町人も同じような味を食っていたのだと感じいる時がある。江戸では辛い汁に蕎麦をささっとつけて食ったと、落語にもある。江戸でも、さまざまな地方から人が流入したこの五十年を経ても失われることなく、東京で同じような味が受け継がれて来たのだろう。
無論、懐古趣味というのはいやらしい。わざとらしく過ぎ去った時代を演出しているような店の、苦々しい馬鹿らしさを憎む。だからこそ、今も連綿と供される東京の味や文化を大切にしたいと思う。
僕は今日も、祖母と一緒に食べた蕎麦をすすっている。
<tokyotaro>
