
詩人・谷川俊太郎の名前を知ったのは、ピーナッツの単行本の翻訳だった。スヌーピーが有名な単行本のなかに谷川俊太郎の名があって、アメリカ文化の紹介者のような印象を受けたのは、1970年代のことだった。
その後、しばらくは彼を忘れていたけれども、僕も勤めていたことのある米国の広告代理店のテレビ広告で、この詩が取り上げられた時に、詩人の名前を再度思い出した。
「朝のリレー」 - 谷川俊太郎 -
カムチャツカの若者がきりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女がほほえみながら寝返りをうつとき
ローマの少年は柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球ではいつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴っている
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
そのくらいの繋がりしか記憶の中にはなかったのだが、縁があって、北軽井沢にある書斎を拝見できた。まだ寒い四月の北軽井沢には、しっかり冬の気配が漂っていた。いつもはiPhoneでの写真で間に合わすのだけれども、ライカのQ2でしっかり写真を残してみた。







椅子に遺したままの服、本、郵便物が残っていて、電気は母屋から断線している。その静謐な空間、鼻腔に来る冬の匂い。
詩人が父の代から過ごした土地には、なにとも言えない詩情が残っていた。
