アップルⅡからAIへ——3つの宇宙を横断した世代の記録

私たちの世代は、たぶん少し変わった仕方で機械と出会った。
いまのように、スマートフォンを指でなぞれば世界につながる時代ではない。もっと粗く、もっと不安定で、もっと身体的だった。けれど、そのぶんだけ、機械は単なる便利な道具ではなく、ひとつの異世界への入口だった。

小学生のころ、まず洗礼を受けたのはゲームセンターの光だった。ピンポン、ブロック崩し、インベーダーゲーム。白黒あるいは単純な色面で描かれた、きわめて抽象的な世界。しかしそこには、確かに宇宙があった。一本の線、ひとつの点、反復する敵の列。その単純な図形の運動に、私は現実とは別の秩序を見た。球は正確に跳ね返り、ブロックは法則に従って崩れ、インベーダーは無機質なリズムで迫ってくる。人間の感情とは無縁の、冷たい演算の美しさがあった。

あれは単なる遊びではなかったのだと思う。
世界は物語だけでできているのではなく、ルールでもできている。しかもそのルールは、目で見える。身体で覚えられる。その最初の衝撃が、アーケードゲームにはあった。

そのあと、渋谷の西武百貨店のパソコン売り場で見たアップルⅡは、さらに別種の衝撃だった。ゲームセンターの機械は完成品だった。そこにある世界は、すでに誰かが作ったものであり、私はその内部で遊ぶだけの存在だった。だがアップルⅡは違った。あれは「遊ぶもの」ではなく、「作れるもの」に見えた。画面に文字が出る。キーボードを叩けば反応する。命令を書けば、世界の側がそれに従う。あのとき感じたのは、たぶん驚きよりも先に、眩暈に近い感覚だった。世界の奥に、言葉で触れられる層がある。現実とは別に、命令によって生成される領域がある。その事実に、子どもながら震えたのだと思う。

アーケードゲームが「できあがった宇宙」だったとすれば、パソコンは「これから生成される宇宙」だった。そこでは消費者であるだけでは足りない。入力し、試し、失敗し、修正しなければならない。世界は向こうから完成した姿では来ない。こちらが呼び出さなければならない。

80年代初期の日本のパソコン雑誌には、そのための呪文が載っていた。I/O、ASCII、そして後にはベーマガ。雑誌の紙面にびっしりと並ぶソースコード、16進数の羅列、メモリアドレス。あれをひたすら打ち込む。いま思えば、途方もない時代である。書店で雑誌を買い、紙を見ながら手でプログラムを入力し、その果てにゲームやツールを再現する。たった一文字の誤りで動かない。どこが違うのか、目で追い、耳で確かめ、時には最初からやり直す。

それでも、あの苦労は苦痛だけではなかった。
むしろ、打ち込むことそのものが参加であり、創造だった。雑誌に印刷されたコードは、単なる情報ではない。紙の上の文字列が、こちらの指を通り、メモリに移され、やがて画面の上で動き始める。その変換の全過程に、自分の身体が介入していた。いまのようにダウンロードして終わりではない。コードは目で読み、手で運び、耳で監視するものだった。

カセットテープの記憶は、その身体性をさらに濃くしている。
データを保存し、あるいはロードするとき、あの「キー、ガー、ピー」という独特の音を聴いていた。あれはノイズではない。データそのものだった。いまでこそ情報は沈黙のまま流通するが、当時は情報が音になっていた。つまりプログラムは、視覚だけでなく聴覚にも属していたのである。ロードが止まっていないか、失敗しそうか、音で気配を読む。まるで機械の呼吸を聞いているようだった。私たちはコードを打ち込むだけでなく、機械の気分まで耳でうかがっていた。

そしてBLACK ONYXである。
あのゲームの衝撃は、いま振り返っても特別だ。アーケードゲームにはない物語性、空間性、持続性がそこにはあった。反射神経だけではなく、探索があり、蓄積があり、未知への恐れがあった。画面は粗い。表現も限られている。だが、だからこそ想像力が大きく働いた。ワイヤーフレームのダンジョンは、単に線で描かれた迷路ではなかった。そこには闇があり、奥行きがあり、自分の知らない領域が続いていた。

しかも私はフロッピーを持っていなかったから、テープでロードするしかなかった。二十分。失敗したらまた二十分。いまの感覚で言えば、ほとんど狂気に近い。だが当時、その時間は単なる待ち時間ではなかった。あれは儀式だったのだと思う。ゲームの世界に入る前に、こちらの時間を差し出さなければならない。すぐには始まらない。簡単には入れない。だからこそ、起動に成功して画面が立ち上がったとき、世界は重みを持って現れた。一回のプレイには、一回の人生のような切実さがあった。

やがてファミコンが出て、その儀式は終わった。
カートリッジを差し込めば、すぐに始まる。安定している。失敗しない。革命だった。間違いなく、あれは人類にとって正しい進歩だったと思う。だが同時に、そこで失われたものもあった。待つこと、備えること、失敗の恐怖、起動の重み。ゲームは儀式から消費へと変わった。世界に入るための通過儀礼が消え、世界は即座に開かれるものになった。それは幸福でもあり、どこかで軽さの始まりでもあった。

それから長い時間が経ち、いま私はAIと向き合っている。
ここで不思議な感覚に襲われることがある。最先端のはずのAIが、ときどきあの頃のパソコンに似て見えるのだ。もちろん技術的にはまったく違う。AIはテープロードしないし、16進ダンプを手で打ち込ませたりもしない。だが、未知のものにプロンプトを投げ、反応を待ち、うまくいかなければ言い方を変え、再試行する。その感覚の根には、昔とよく似たものが流れている。すなわち、こちらの言葉が機械の内部で変換され、思いがけないかたちで返ってくるという驚きである。

違うのは、当時が「人間が機械の言葉に近づく時代」だったのに対し、いまは「機械が人間の言葉に近づいてくる時代」だということだ。BASICやマシン語を学んだころ、私たちは機械に合わせて考えなければならなかった。短く、正確に、誤りなく。だがAIは逆に、人間の曖昧さや飛躍や比喩を、ある程度そのまま受け止めようとする。そこには大きな転換がある。けれども、根底にあるのは同じ対話の欲望ではないかと思う。未知の機械と向き合い、その向こうに新しい世界の輪郭を見ようとする欲望だ。

思えば私は、3つの宇宙を通ってきたのかもしれない。
最初はドットの宇宙。ピンポンやインベーダーの、図形と反射の世界。
次にコードの宇宙。アップルⅡやI/Oやマシン語が開いた、命令と生成の世界。
そしていま、言語の宇宙。AIと自然言語が交差し、言葉そのものが機械の内部で世界を作り始める時代。

この3つを連続したものとして生きた世代は、おそらくそう多くない。
だからこそ思う。AIは突然現れた断絶ではない。私にとってそれは、渋谷の西武でアップルⅡを見て震えたあの瞬間の、はるかな延長にある。あのとき、キーボードの向こうに別の世界があると直感した。いまもまた、画面の向こうに別の知性が立ち現れつつある。その驚きは新しい。だが同時に、どこか懐かしい。

結局、私たちはずっと同じものを見てきたのかもしれない。
機械そのものではない。
機械を通して開く、もうひとつの宇宙を。