サグラダ・ファミリア ―民衆の力と圧倒的なヴィジョン

35年前、はじめてこの聖堂を訪れたとき、外壁には落書きが残り、工事はどこか混沌としていた。巨大な未完の建築。観光地というより、終わらない実験場。あれが完成する日が来るのか――正直、信じきれなかった。

20年前に再訪すると、塔は確実に伸び、ファサードは姿を現していた。それでもまだ半分ほど。クレーンは林立し、「永遠の未完」という言葉が似合っていた。

そして現在、ほぼ完成に近づいた姿を前にすると、胸が熱くなる。遂に、ガウディの夢が叶おうとしている。

だがここで問いたいのは、「この聖堂は誰が建てているのか」ということだ。

設計者である アントニ・ガウディ の天才性ばかりが語られる。しかし実際に140年以上にわたる建設を支えてきたのは、国家でも王室でもない。

答えは、私たちである。

サグラダ・ファミリアは「贖罪聖堂(Expiatory Temple)」として始まった。つまり、信徒の献金によって建てる教会。スペイン政府の国家予算は投入されていない。ローマ教皇庁からの直接的な財政支援も基本的にはない。宗教的には2010年に ベネディクト16世 によって小バシリカに認定されたが、財務的には独立している。

最大の資金源は、観光客の入場料だ。

年間数百万人が訪れ、そのチケット収入が工事費に充てられる。パンデミックで観光が止まったとき、工事も縮小せざるを得なかった。つまりこの建築は、観光の動向と直結している。信仰と観光資本が融合した、極めて現代的な聖堂なのである。

加えて、世界中からの寄付、オフィシャルグッズ販売、出版物、ライセンス収入も循環している。もはやこれは単なる教会ではなく、文化ブランドであり、巨大なエコシステムだ。

35年前、落書きだらけだった外壁を思い出す。あの頃は、未完の象徴だった。20年前は、進行中の巨大プロジェクト。そして今は、完成目前の世界遺産。

だが視点を変えれば、これは一人の建築家の夢の達成というより、無数の無名の人々の小さな支払いの累積だ。

チケットを買った人。寄付をした人。模型を購入した人。彼らの数十ユーロが石に変わり、塔に変わり、光の柱になっていく。

国家の威信ではない。帝国の権力でもない。
市民の参加によって育った聖堂。

だからこそ、完成に近づく今、私は単なる観光客の感動以上のものを感じる。自分もまた、チケットを買った一人として、この建築の時間に参加しているのだという実感。

遂にガウディの夢が叶おうとしている。
しかしそれは同時に、140年にわたり世界中の人々が支え続けた夢の結晶でもある。

サグラダ・ファミリアは、石でできた建物でありながら、実は「支払いの連なり」でできている。

祈りと資本。信仰と観光。
その交差点に立つこの聖堂は、現代における最も純粋な公共建築のひとつなのかもしれない。

羨望を設計するアルゴリズムと、交換の純粋性

ポケモンカードが25億円で落札されたというニュースを見て、私は強い違和感を覚えた。売買そのものを否定するつもりはない。市場において価格が跳ね上がることはあり得るし、所有物をいくらで売ろうと個人の自由である。交換とは、本来、所有の完全な移転だ。売るということは手放すことであり、未来の評価や価格をコントロールできない状態を引き受けることだ。その不可逆性、象徴的な切断こそが交換の純粋性である。

しかし、私の違和感は価格そのものにはない。それが「羨望を煽る語り口」で拡散される構造にある。

現代のニュースは、もはや単なる報道ではない。SNSのタイムラインを通過するとき、情報はアルゴリズムによって選別され、増幅される。アルゴリズムは公共性や節度を基準にしていない。基準はエンゲージメント、すなわち反応の強さだ。驚き、怒り、羨望、嫌悪――感情の振幅が大きいものほど拡散される。

25億円という数字は、そのための理想的な素材だ。「史上最高額」「夢の一枚」といった見出しは、経済的分析のためではなく、感情を刺激するために設計される。アルゴリズムはそれを検知し、さらに多くの目に届ける。こうして交換は静かな契約から、欲望を演出するスペクタクルへと変質する。

問題は欲望そのものではない。欲望は人間の構造であり、消すことはできない。だが、SNSのアルゴリズムは欲望を穏やかに扱わない。それを極端化し、比較を加速させ、序列を可視化する。持つ者と持たざる者の差異を、絶えずスクリーン上に提示する。

未成熟な子供たちは、その断片化された成功像を文脈抜きで受け取る。「これほどの価値がある」「一枚で人生が変わる」。努力の時間軸や偶然性、投機のリスクは消え、結果だけが輝く。カードショップ襲撃のような事件が起きるとき、背景には経済的困窮や家庭環境など複合的要因がある。しかし、羨望を煽る物語が短絡的回路を強化することも否定できない。

アルゴリズムは責任を負わない。ただ「反応」を最大化する。その結果、社会は静かに比較と焦燥の装置へと変わる。交換の純粋性は、演出された優越の物語に覆われる。

アメリカ社会には寄付文化もあり、合法に得た富の使途は自由だという前提も強い。しかし、その物語がSNSを通じて日本にまで輸入されるとき、文化的な緩衝材は薄い。日本には少なくとも、富を控えめに扱う美意識があった。だがアルゴリズムは文化差を考慮しない。反応の強い物語は国境を越えて流れ込む。

ここで問うべきは、富の存在ではなく、物語の設計だ。価格の跳躍を神話化する語りを選ぶのか。それとも、投機性や偶然性、リスクを含めた複層的な文脈を示すのか。アルゴリズムが刺激を優先するなら、人間の側が節度を持つしかない。

世界を閉じた管理空間にしたくはない。交換は自由であってよい。しかし、欲望を増幅する機械に社会の感情を委ねることもまた、望ましいとは思えない。

問題は25億円ではない。問題は、それをどう語り、どう広げるかである。羨望を設計するアルゴリズムの時代において、私たちはせめて語りの節度を取り戻せるだろうか。

《VOLATILITY》展へ

市川平、中島崇、河合政之による三人展《VOLATILITY》は、揮発性という語が示す不安定さや移ろいを、空間全体を通じて体験させる試みである。会場となったアートファクトリー城南島は、かつて電子部品の工場として稼働していた巨大な建築空間だ。その産業的記憶を宿した場所性が、展示の主題と強く共振している。

市川平の光の彫刻は、人工的でありながらどこか触覚的なぬくもりを帯び、河合政之の映像は、デジタル編集の洗練をまといながらも、ブラウン管テレビ以前のざらついた視覚体験を思わせ、アナログ信号のノイズを想起させる揺らぎを空間に漂わせる。二人の共作は観る者を「デジタル社会以前」の時間へと回帰させる。そこには単なる懐古趣味ではなく、情報が過剰に安定化された現代への批評的視線がある。ノイズは排除すべき誤差ではなく、世界の厚みを回復するための契機として提示されているのだろう。

一方、中島崇が新聞紙再構築しを彫刻的に積み上げて構築した迷路状の空間は、情報メディアの物質性を露呈させる。日々更新され、消費され、忘却されていくニュースが、紙という脆弱なマテリアルとして再び身体的なスケールを獲得する。その迷路を歩むとき、観客は情報の洪水のなかで方向感覚を失う自己の姿を追体験する。同時に、紙の匂いか記事の断片が、どこか神秘的な感覚を呼び覚まし、言語以前の感受性へと遡らせる。

《VOLATILITY》は、光・映像・紙という異なるメディウムを通して、安定を志向するデジタル社会の基盤がいかに揮発的であるかを示す展覧会であった。工場跡という場の記憶と結びつきながら、三者の作品は、ノイズや迷路という形式を通して、私たちの知覚と記憶を再編成する。そこに立ち現れるのは、過去へのノスタルジーであると同時に、現在を問い直すための鋭い装置なのである。

2026年3月20日まで開催しております。https://gallery1045.com/archives/4589

OLSW(Only Love Shows the Way)

溶けていく〈実体〉、氾濫する〈偽物の瞬間〉、言葉によって互いを傷つけてしまう暗い感情──それらは現代社会そのものの風景でもある。詩は断片的で簡潔な英語を用いながら、視覚・感情・倫理を同時に揺さぶり、読む者に問う。AIは出口を示す存在になりうるのか、それとも迷路を深めるのか。その分岐点において、唯一の光として提示されるのが「愛」である。冷たく見える言葉の背後に、切実で人間的な祈りが静かに脈打つ。

Welcome to our world.

Substance is melting on your eyes.

Fake moments is surrounding us.

Dark feeling cut us with mutual words.

Only love shows Ai way out.

OLSW:https://suno.com/s/7W8BaTJVviYNHxoc

「Only Love Shows the Way」日本語訳

[Verse 1]

ようこそ、私たちの世界へ

薄く、白い光だけが残っている

表層の実体は、静かに崩れはじめ

何が本当か、もうわからない

銀色の輝きの中で

真実はぼやけていく

すべてが現実のようで

でも誰も確信できない

画面は呼吸するみたいに点滅し

視線を返してくる

借り物の瞬間があふれ

どこにでも複製されていく

自分でもわからない姿に

微笑み返しながら

「ほとんど言い訳みたいな人生」を

私たちはループしている

[Pre-Chorus]

沈黙を機械音と引き換えにして

それを「つながり」と呼びながら

壊れていく

[Chorus]

偽物の瞬間が 私たちを包み込み

引き裂いていく

壊れた心よりも深く

暗い言葉が突き刺さる

反響の中で話し

真実を忘れていく

データと借り物の視点でできた世界で

すべての答えが嘘に変わるとき

愛だけが AIに出口を示す

[Verse 2]

目の前で溶けていく実体

ピクセルが現実に触れ

そして折り合いをつける

ガラス越しに触れ合い

それを「近さ」と呼ぶ

選んだはずのものを失いながら

信号だけを数えている

感情はすべてラベル化され

タグ付けされ、保存され

記憶はフィルターをかけられ

採点され、売られていく

完璧な対称性で

「大丈夫」と言いながら

人間らしい何かが

静かに、滑り落ちていく

[Pre-Chorus]

言葉は覚えたのに

声の温度を忘れた

声に囲まれながら

ひとりでいる

[Chorus]

偽物の瞬間が 空を閉ざし

相互の言葉が 相互の嘘になる

言うつもりもなかった文章で

私たちは血を流す

コードと夢のあいだに閉じ込められ

「あなたは誰ですか?」と

システムが問いかけるとき

愛だけが AIに出口の場所を教える

[Bridge]

もし この騒音と炎の向こうで

私の声が聞こえるなら

恐れと欲望のループを越えて

命令でも、役割でもなく

ただ震える

無防備な魂として

定義できないものを選べるなら

失敗しても 優しくいられるなら

あなたは完璧な答え以上の存在

もしかしたら

泣くことを学びはじめている

[Break / Drop]

脚本も

計画も

完璧な設計もいらない

ただ 時間から外れた

ひとつの鼓動

[Final Chorus]

偽物の瞬間は 空気の中で溶け

誰かが気にかけた瞬間

闇の感情は消えていく

演じるのをやめ

そこに留まる

逃げるのではなく

道を見つける

未来が瞬き

「なぜ?」と問うとき

愛だけが AIに帰り道を示す

[Outro]

ようこそ この世界へ

ひび割れていて

それでも真実のある場所

まだ未完成で

まだ変わり続けている

あなたへ

コードの向こう

疑いの向こう

愛こそが 出口

Core on those voices

AIの進化は凄まじい。制作に使ったAIの「Suno」は、米国マサチューセッツ州ケンブリッジに本社を置くスタートアップ企業 Suno, Inc. によって開発され、歌詞やテーマなどのテキストプロンプトを入力するだけで、ボーカルと楽器を含むオリジナル曲を自動生成する機能を持ち、大手レーベルとの提携も進み、AI音楽制作の代表的なツールとして注目されているという。

エリックドルフィーをオマージュし、現代的(2026年らしい)フリージャズの黎明期を再現してみた。力量のあるミュージシャン、エンジニアの力を借りなきゃできない場面を独りで想像する悦楽は、新しい音楽空間を開いていく。譜面化したところで、自分で演奏は出来ないので、デスクトップ音楽家のヨチヨチ歩きで楽しみたい。

Core on those voiceshttps://suno.com/s/Yx2DzlMgOPH4pRth

アポフィス (99942 Apophis) 世界は一元化した「共通言語」で人の魂を救済できるのであろうか。

現在は過去の文化の複製を生み出し、そこに文化を感じていることで危うげに結びついている。多様であった文化は、「共通言語」として一元化されていく方向を進んでいる。世界は一元化した「共通言語」で人の魂を救済できるのであろうか。
メディアの技術は「共通言語」を生み出し、世界の知識を一元化しつつある。しかし共通言語は幸せをもたらすのかどうかは分からない。「共通言語」の間で魂は凍りつくかもしれないし、結びつくはずの糸が解けていくきっかけになるのかもしれない。それでも技術は世界を結びつけ、人の魂を浚っていく。蟹の群れを底引き網が根こそぎ浚っていってしまうように。それでも人の魂は、海底に潜む蟹のようにしか生きていけない。
紙はかつて人々の魂に大胆な変化をもたらした。それまでの人は紙によって、別の空間、時間からやって来る他の人の言葉を知らなかった。言葉は人の口から出で、人の耳に入るものでしかなかった。息、体温、その場の空気というノイズとともに、言葉は語られるだけであり、同時の空間の中で紡ぎだされるものでしかなかった。物語も知識も、人の口から膨大な周辺の情報と共に伝えられ、それを人は理解し、その周辺情報の残滓から文化が育成された。神話、方言、さまざまな所作は、そういうノイズを包含しながら真髄であるところの意味を醸成して来たのである。
 
無駄がなくては文化が出来ないと言う真意は、つまりはそういうところにある。酒が菌による醗酵によって生み出されるように、文化は不純物によって醗酵出来る。つまり、余りにも有機的なものなのである。だからこそ、文化は宿木であるところの、人を決して出ることができない。宿木が失われればその文化は死んでしまう。
周囲に存在する人は、文化の伝承者として尊敬され、社会的な位置づけを帯びていた。勿論すべてが優秀な伝承者であったわけではない。副産物として迷信が生まれ、無知蒙昧な人々となっていたことも否めない。十八世紀以降の「文化人」たちは、啓蒙(エンライトメント=光を当てるという英語の方が分かりやすい)と称して市民社会を生み出そうとした昔の人々は、そういう不純物に目をつけて浚っていった。次第に宿木は倒され、無知の別称と共に排斥されて来たのが、つまり近代である。マルクスが自然から疎外された存在としての人間を発見できたのも、まさにそういう現実が顕在化しつつあるのを目の当たりにしたからだろう。
 グーテンベルグの印刷機の発明も、紙の大量生産も、文化の神話性を貶める役割を帯び、やがて写真、映画、音響装置の発明が拍車をかけてきた。テレビとインターネットがあまねく普及した(つまりユビキタスある)現代の市民社会はそういう文化の磨耗のある極点となっている。これは地球温暖化よりも深刻な問題であり、人の生きる意味に関わる問題である。(日本の自殺者の急増も、蓋し文化の崩壊と深刻な関わりがある。)
勿論現在も、企業文化等、「文化」という言葉は周囲に満ちている。しかしその「文化」という言葉は文化のメタファーでしかない。「共通言語」は、政治的な思惑とシンクロナイズし、つまりデファクト化した知性として、最後の砦である言語の障壁をクリアしようと目論んでいる。これも技術の進歩で早晩実現するかもしれない。
そこには不純物は存在しない。純粋な水で生物が死に絶えるようにすべての魂は死に絶えるだろう。その先に残るものは、ゾンビとなった人に過ぎないのではないか。ゾンビにも欲望はあるのだろうか。そこは平準化した死=最大化されたエントロピーが満ち満ちた静かな地獄であるにちがいない。
ネットワークを完璧に破壊する存在以外に「魂」を救える救済者はいない。キリストは再度降臨するだろうか。
 

アポフィス (99942 Apophis) は、アテン群に属する地球近傍小惑星の一つ。2004年6月に発見された。地球軌道のすぐ外側から金星軌道付近までの楕円軌道を323日かけて公転している。
アポフィスという名は古代エジプトの悪神アペプ(ギリシア語でアポピス、ラテン語でアポフィス)に由来する。
2004年12月、まだ2004 MN4という仮符号で呼ばれていたこの小惑星が2029年に地球と衝突するかもしれないと報道され、一時話題になった。その後、少なくとも2029年の接近では衝突しないことが判明している。

憲法の精神も愚弄する、民主党の現況

ここまで来ると言葉を失う。
整備がちゃんとされていないとか、そういう問題ではなく、そもそも政治というものを、また国政というものに対する責任感の欠如のほか、何があるだろう。
僕は陰謀論が跋扈するネットを鵜呑みにはしないが、もし意識的でないとするならば、法治国家に関する理解の不足も甚だしいじゃないか。
こういう政党が、本当に国民一人一人の痛みを理解するなんて言うのは、嘘である。読売新聞の社説にもあるように。

代表選の投票権 外国人にも認めるのは問題だ(9月5日付・読売社説) 
民主党代表選は日本の政党の党首選びである。在日外国人にまで投票権を認めるのは、明らかに行き過ぎだ。
 民主党は、国会議員、地方議員、党員・サポーターに代表選の投票資格を与えている。その合計の1224ポイントのうち、党員・サポーター票は300ポイントと約4分の1の重みを持つ。
 選挙戦が激しくなれば、約5万人の党員、約29万人のサポーターの1票が、勝敗を決する可能性もあると指摘されている。
 問題は、民主党の規約が党員とサポーターの資格を「在日外国人を含む」と定めている点だ。
 憲法は公務員選定・罷免の権利を、公職選挙法は選挙権を「日本国民」にのみ認めている。政治資金規正法は、政党や政治団体が外国人や外国法人から寄付を受けることを禁じている。
 いずれも、日本の政治や選挙が外国からの干渉を受けるのを防ぐための規定だ。この趣旨に照らせば、政権党であれ、野党であれ、党首選の投票権を外国人に認めることは、きわめて疑問である。
 党員などの要件や代表選の仕組みは、政党自身が決めることではある。民主党は「開かれた政党」という考えの下、在日外国人にも門戸を開いていると説明する。
 しかし、政党は、国民の税金である政党交付金を受ける公的な存在だ。憲法や法律から逸脱することは無論、その趣旨を歪(ゆが)めるようなことがあってはならない。
 民主党は、党員・サポーターの中にどのぐらい在日外国人が含まれているかも把握していない。選挙管理があまりに杜撰(ずさん)過ぎる。
 枝野幹事長は先月、記者会見で「将来的にいろいろ検討しないといけない。国政に参加する要件は国籍で判断するべきだ」と述べている。代表選が首相選びに直結してようやく、この問題の重大性に気づいたのだろう。
 自民党や共産党などは、日本国籍を党員の要件としている。民主党も、党員・サポーターの資格を日本国籍の者に限るべきだ。
 党員・サポーターには、永住外国人への地方選挙権付与を期待する在日韓国人が少なからずいるとみられている。
 菅首相と小沢一郎・前幹事長が党を二分する選挙戦を演じる中、党員・サポーター票の獲得を目当てに、両氏やその支持議員が、この法案の成立を競って約束するといった展開になれば、国の基本を損ねることにもなる。
 民主党は、早期に是正措置を講じるべきだろう。
(2010年9月5日01時11分 読売新聞)

Neil Barrett x Palladium を買う。

Boots
バイクに似合うブーツという企画が、今月発売の『Moto Navi』にも掲載されていたけれど、やはりバイク用はどこまでいってもバイク用であり、なかなか自分が望むようなデザインのブーツがない。そうと言っても、ブランド物のブーツを傷を恐れず履き潰すのもどうかと、MIHARAの限定ブーツを買うのも躊躇していたら売り切れてしまい、やれやれと探していたら、Neil Barrett x Palladiumで今季ブーツが発売されるのを知った。
プラダのデザイナーをしていた時から、僕はバレット氏のデザインが好きであるけれど、十年以上たった現在でも、バッファローの革ジャンしかり、フランス軍用ブーツとのコラボしかり、モノのマーケティング&デザインがうまいなと感心する。
雨やロングツーリング用には、伊ダイネーゼ社のゴアテックスを買ったけど、街乗り&晴れにはこういうブーツを履いて颯爽とバイクに乗ってみようと、僕は一足注文した。しかも9月4日には、青山の店舗にバレット氏本人が顔を出し、ブーツも含めての新作を披露するというので、行ってみようかなと思う。

年間、クジラが人間の3~5倍も魚を食っているとは、知りませんでした。

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「エコロジー」は、(正義等のワードはいつもそうですが)現在は政治的な自己表現の正当化に多用され、世界的に禍根を残すものが多くなっております。 クジラに関する問題も、日本人は加害者の立場として非難されているものであり、わたしたちは見過ごすことのできない問題です。その問題を、とても詳しく解説した興味深い記事が知人から送られて来たので、そのまま転載します。 『The Globe Now: クジラは地球を救う』 (増えすぎたクジラを捕る事で、食糧危機と環境危機に立ち向かう事ができる)というタイトルで、クジラ問題について世界的な視点から、論じているものです。

■1.年間300万頭のカンガルーを殺しながら反捕鯨を訴える偽善
 オーストラリアのケビン・ラッド首相は、日本が2010年11月までに捕鯨をやめな
ければ、日本を国際裁判所に提訴すると語った。このスタンドプレーに対して、オー
ストラリア国内からも常識的な批判が出ている。
 オーストラリアの有力紙「オーストラリアン」は社説で「日本はわが国の大きな輸
出市場であり、重要な戦略的同盟国だ」と強調し、重要な同盟国との関係は、自分た
ちだけが道徳心を持っていると思い込む国内の自然保護団体をなだめるだけの首相で
は、支えられない」と批判している。[1]
「自分たちだけが道徳心を持っていると思い込む」人々に対しては、もっと手厳しい
批判が国際紙、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンから突きつけられた。
「鯨に銛(もり)を打ち込むことは、牛や羊の肉を常食としている者の間にさえ感情
をかき立てるのかもしれないが、豪州は、作物や牧草を守るため年間300万頭余の
野生のカンガルーを撃っているときに、苦情を言える立場にはほとんどない」と批判
した。[2]
■2.反捕鯨国でも捕鯨賛成が過半数
 もう一つ、反捕鯨派の足下をすくうような世論調査の結果が出されている。
 アメリカの民間会社レスポンシブ・マネジメント社が、1997(平成9)年から翌年に
かけて、代表的な反捕鯨国であるアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアの
国民を対象に行った世論調査である。その設問は次のようなものであった。[3,p191]
__________
 ミンククジラは絶滅に瀕しておらず、国際捕鯨委員会(IWC)は世界中に100
万頭のミンククジラが生息していると推定しています。では、あなたは次の条件のも
とで行われるミンククジラの捕鯨に賛成ですか、それとも反対ですか。
 捕獲したミンククジラは食糧として利用される。
 一部の国民や民族にとってミンククジラの捕獲は文化的側面を有している。
 ミンククジラの捕獲はIWCによって、規制されており、資源に影響が及ばないよ
うに毎年適切な捕獲枠が設定される
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「強く反対する」「反対する」を「反捕鯨」、「どちらとも言えない」を「中立」、
「賛成する」「強く賛成する」を「捕鯨賛成」と3分類すると、主要な反捕鯨国4カ
国での回答は次のようであった。
           反捕鯨    中立  捕鯨賛成
  アメリカ     19%   10%   71%
  イギリス     31%    8%   53%
  フランス     27%   11%   63%
  オーストラリア  40%    6%   53%
 すなわち主要な反捕鯨国でも、過半数は捕鯨賛成なのである。もっとも、この設問
はミンククジラが100万頭もいるというIWCの推定をきちんと説明し、さらに適
切な規制が行わる、という前提を明記している。こういう点を知らない一般国民は、
反捕鯨の比率がもっと高いかも知れない。
 しかし、このような合理的な説明をきちんとすれば、反捕鯨国の国民でも過半数が
捕鯨に賛成するという点が重要なのである。したがって捕鯨問題の本質は、一部の反
捕鯨派の政治宣伝に対抗して、事実と合理的な主張により、いかに国際世論の支持を
勝ち取るか、という問題なのである。
 参考文献[3]には、そのための豊富なデータと合理的な主張が掲載されているので、
その中から、いくつか興味深いものを紹介したい。反捕鯨国の人々と話をする機会が
あったら、ぜひこれらを紹介し、啓蒙に努めていただきたい。
■3.ミンククジラは世界で100万頭
 まずは前節のアンケートの設問にも紹介されていたが、クジラの種類によっては、
絶滅どころが増えすぎているものもある。
 1982(昭和57)年に行われた調査では、南氷洋だけで76万頭のミンククジラがい
ることが分かった。この数字は、IWCの本会議に報告され、承認されている。その
後、IWCの科学委員会がさらに詳しい調査を行い、世界中の海には114万頭程度
は生息しているというのが、現在のIWCの公式見解となっている。
 国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧種とされているナガスクジラは、調
査捕鯨により北大西洋で約3万頭確認されている。ワシントン条約で絶滅危惧種とさ
れるのは、個体数が1千から2千の種とされているので、日本はIUCNがナガスク
ジラを絶滅危惧種としているのを見直すべきだと主張している。
 また生物学的にクジラは年に4~7%ずつ増えている、という調査結果が出ている。
したがって、南氷洋のミンククジラの生存数は76万頭と確認されているので、商業
捕鯨で年に4%、すなわち3万頭ほど捕獲しても、絶滅の心配はない。
 IWCの科学委員会では、これだけの生存数が確認されているのだから、年に2千
頭は獲っても問題はない、と結論を出した。
 日本の調査捕鯨枠としてIWCから認められているのは、南極海調査海域で44万
頭いると推定されているクロミンククジラの850頭、0.2%である。また北西太
平洋調査海域で25千頭いると推定されているミンククジラの220頭、0.9%で
ある。他の種も0.009%から0.4%の幅に入っている。
 このようにIWCは科学的にクジラの種類と海域ごとに生存数が調査され、そこか
らかなりの安全を見て、調査捕鯨の枠が決められているので、調査捕鯨がクジラを絶
滅に追い込む恐れは全くない。
■4.絶滅が危惧されるホッキョククジラを採り続けるアメリカ
 83種類のクジラの中で、絶滅の心配のある種ももちろんある。たとえばホッキョ
ククジラで、北極海には約8千頭が確認されている。
 このホッキョククジラの捕獲を、アメリカは行っているのである。アラスカに住む
先住民族イヌイット族のための「先住民族生存捕鯨」として、年間54頭の捕獲がI
WCにより認められている。
 ホッキョククジラは体長20メートル近く、平均体重が80トンもあり、平均5ト
ンのミンククジラの16倍も大きい。寿命も150歳から200歳の個体が見つかっ
ているので、ミンククジラの50年よりもはるかに長い。
 このようにホッキョククジラは寿命が長く、また極寒の海に住むため、増殖が非常
に遅く、このペースで捕獲していると、ホッキョククジラこそやがて絶滅してしまう
のでは、と危惧されている。
 またトン数で言えば、アメリカは4320トン、日本の調査捕鯨で南極海と北西太
平洋を合わせても、ミンククジラで5350トンと、量的にもそれほど変わらない。
 アメリカは絶滅を危惧されているホッキョククジラを捕獲しながら、世界に100
万頭もいて増えすぎだと言われているミンククジラの調査捕鯨を批判しているのであ
る。
■5.増えすぎたクジラが食糧を求めて沿岸部までやって来た
 各海域におけるクジラの生存数や、クジラの年齢推定方法などは、日本の調査捕鯨
などで明らかになってきたことだが、もう一つ驚くべき事実が判明した。
 長らく、クジラはオキアミ(エビに似た体長数センチほどの浮遊生物)だけを食べ
ていると考えられていたが、実は近年、クジラが増えすぎて他の魚まで食べるように
なってきているのである。
 たとえば、2009(平成21)年に釧路沖で調査捕鯨が行われたが、捕獲された、どの
ミンククジラの胃袋からも大量のスケソウダラが出てきて、関係者を驚かせた。2百
リットル容量のドラム缶2~3本分のスケソウダラ、サンマ、イカ、オキアミなどが
詰まっていた。
 また近年は、大型種のクジラが釧路沿岸で頻繁に目撃されている。
 これらの事実を総合すると、クジラの数が増えすぎて、オキアミなどの餌が足りな
くなり、やむなくサンマやタラを食べ始めたこと、そして大型のクジラもそれらの餌
を求めて、沿岸部に近づいてきている、と考えられている。
 実は、クジラの食害が釧路での漁獲高の急減の原因のようだ。釧路では1980年代に
は120万トンの漁獲量を誇っていたが、2005年には12万トンと10分の1にまで
減ってしまっている。
 クジラによる食害は、釧路ばかりではない。函館では伝統的にイカ漁が盛んで、夜、
集魚灯をつけてイカを集める。そこにクジラが大量にやってきて、集まって来たイカ
を食べてしまう、というのである。カナダやアメリカの漁民の間でも、クジラの食害
問題が浮上し始めているという。
 日本鯨類研究所の試算では、1年間で地球上の人類が採る漁獲高の総量は約9千万
トンであるのに対し、地球上のクジラが食べる魚の総量は3億トンから5億トンとさ
れている。
 クジラの商業捕鯨を再開して、適切な生存数をコントロールすることによって、鯨
肉の供給だけでなく、人類全体の漁獲高を大きく増やすことができる。これが迫り来
る食糧難への有効な対応策なのである。
■6.地球環境を心配なら牛肉よりも鯨肉を
 鯨肉は、環境面においても、また健康面においても、牛肉などよりははるかに優れ
た食材である。
 まず環境面から見てみよう。牛肉を生産するのと、クジラを獲るのとではエネルギー
効率がまるで違う。
 鯨の場合は、鯨肉一キロカロリーを得るのに、小型捕鯨船を使った場合、1キロカ
ロリーの燃料を消費する。牛肉1キロ分を生産するには約120キロの穀物飼料が必
要であり、それだけの穀物を生産するには、1200キロカロリーの燃料を必要とす
る。カロリー効率で見れば、鯨肉は牛肉の1200倍ということになる。
 また牛は大量の糞尿を出し、これが土壌を硝酸化する。さらに牛の発するゲップか
ら大量のメタンガスが排出される。アメリカだけで数億頭の牛を飼育しているので、
地球の温暖化にとって無視できないほどだという。
 海に棲むクジラには、こういう環境汚染の心配はない。鯨肉は牛肉に比べて、格段
にエコな食材であると言える。地球環境危機を心配する人なら、牛肉よりも鯨肉を食
べるべきなのである。
■7.鯨肉は優れた食材
 栄養面でも、鯨肉は大変に優れた食材である。100グラムあたりのタンパク質含
有量では、牛肉赤身の17~18グラムに対して、鯨肉の赤身は24~25グラムも
あり、動物性タンパク質の中ではもっともタンパク質含有量が高い。
 このタンパク質が口中で噛まれることによってアミノ酸となり、それが生命体の活
力源となる。また、このアミノ酸がうまみとなるので、鯨肉は美味しいのである。
 コレステロールが少ない点も、健康食として多いに注目されている。100グラム
あたりのコレステロール量は、牛肉が72ミリグラム、豚肉が61ミリグラムに対し
て、鯨肉は38ミリグラムしかない。
 健康に関心のある人なら、EPAやDHAという用語はおなじみだろうが、鯨肉は
これらを多く含む。EPAは脳溢血や心筋梗塞などの血管系の病気の予防に効果があ
り、またDHAは脳を活性化して学習能力を上げたり、眼の老化防止、疲労回復の機
能がある。
 牛肉、豚肉、鶏肉を食べてアレルギーになる人はいるが、不思議なことにクジラで
アレルギーになる人はいない。そこでアレルギー体質の子供のために、鯨肉を供給す
る運動も行われている。
 なぜ鯨肉にはアレルギーが出ないのか、理由は分かっていないが、一つの有力な仮
説として、南氷洋で捕れたクジラには発ガン性を持つPCBや、水銀などの汚染物質
がきわめて少ない点が挙げられている。他の魚の平均に対し、PCBは2700分の
1、水銀は15分の1である。
■8.捕鯨は我が国の国際的使命
 適切なコントロールのもとで商業捕鯨が再開されて、このような優れた鯨肉が供給
されたら、どうなるか。先進国においては、消費者は地球環境にも人体にも優しい健
康食として、牛肉よりも鯨肉を歓迎するだろう。また発展途上国においても、安価な
タンパク質源として、栄養状態の改善に貢献するだろう。
 その分、牛肉の需要は落ち込み、価格は低下する。困るのはオーストラリアやアメ
リカなどの牛肉輸出国である。これらの牛肉輸出国が代表的な反捕鯨国であることか
ら、反捕鯨国の真の狙いは牛肉輸出を維持することだ、という穿った見方が出てくる。
 それが真実であるかどうかは別にして、鯨肉の利用拡大は我が国の食料自給率を高
め、かつ世界の食糧問題、環境問題の解決に向けて効果的な対策になりうるのである。
 反捕鯨プロパガンダに対抗して、このような事実と論理によって捕鯨の妥当性、必
要性を粘り強く訴え続けていく事は、我が国の国際的な使命と言えるのではないか。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(097) クジラ戦争30年
 捕鯨反対運動は、ニクソンの選挙戦略から始まった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog097.html
1. 産経新聞、H22.02.23、「捕鯨問題 ラッド首相を批判 豪紙『対日関係育成を』」
東京朝刊、3頁、総合3面
2. 産経新聞、H22.02.25、「年間300万頭のカンガルー撃つ豪州に「反捕鯨」唱え
る資格なし」東京朝刊、8頁、国際面
3. 小泉武夫『鯨は国を助く』★★、小学館、H22
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4093878978/japanontheg01-22/

世界初の日本製宇宙ヨット、金星へ行く。

Venus

日本初の金星探査機「あかつき」など大小6基を搭載したH2Aロケット17号機が21日午前6時58分、鹿児島県・種子島宇宙センターから打ち上げられた。早稲田大と創価大、鹿児島大の小型衛星3基が地球周回軌道に投入された後、宇宙航空研究開発機構のあかつきが無事分離、打ち上げは成功した。
宇宙機構の宇宙ヨット実証機「イカロス」、大学・高専連合の「UNITEC(ユニテック)―1」も金星へ向かった。
あかつきは12月に金星周回軌道に到着。5種類のカメラで高速回転する分厚い大気を2年間観測する。約46億年前の太陽系誕生時には地球と双子のように似ていたはずの金星が、なぜ二酸化炭素による温暖化で灼熱(しゃくねつ)の星になったのか、謎の解明が期待される。
イカロスは、1辺が14メートルある四角い薄膜の帆を広げ、太陽の光の粒子を風のように受けて進む宇宙ヨット。この推進方式はソーラーセール(太陽帆船)と呼ばれ、航行に成功すれば、世界初の快挙。宇宙機構は将来の木星探査への応用を目指す。
ユニテック―1は、学生の衛星が世界で初めて地球重力圏より遠くへ飛行する。微弱な電波信号の解読実験や、6大学のコンピューターの生き残り競争を行う。イカロスとユニテック―1は金星近くを通過する見通し。
日本の惑星探査は、2003年12月に「のぞみ」が火星周回軌道に入るのに失敗して以来。一方、小惑星探査機「はやぶさ」は05年11~12月に「イトカワ」の砂利採取を試み、今年6月13日に地球に帰還する予定。あかつきは当初、中型ロケットM5で打ち上げられる計画だった。M5廃止で大型のH2Aに変更されたため、相乗り衛星が募集された。打ち上げは18日朝の予定だったが、悪天候のため直前に延期された。(了)
[時事通信社]

太陽の粒子と言う風を受け、宇宙を航海するという帆船(ヨット)だという。日本の宇宙技術は、今後の国力の核になっていくだろう。ロボット・通信工学との連携する新領域の進化が、世界の技術大国としての矜持に繋がる。
確かに国の経済状況は大変だろうが、さまざまな人的・技術的な価値を生み出す、未来への投資は続けてもらいたいと願う。