
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20090507-00001111-yom-soci
日本製「性暴力ゲーム」欧米で販売中止、人権団体が抗議活動というニュースを読んだ。
内容は、少女を含む女性3人をレイプして妊娠や中絶をさせるという内容の日本製のパソコンゲームソフトに海外で批判が高まっているそうだ。日本での販売中止を求める抗議活動を国際人権団体が始めた。このゲームは2月に英国の国会で問題になり、ビデオ・書籍のネット販売大手「アマゾン」が扱いを中止したという。
世界的にこういうシュミラクール(言葉が指示対象から乖離した=幻想化)された欲望が、現実化されて犯罪を起すのだという風潮から批判されているのか、それとも倫理観から批判されているのは分からない。多分、日本では理解されているからこそ販売が可能なのであり、西欧は倫理的な判断から批判し、抗議行動を起しているのだろう。
現実的な判断からは、シュミラクールされた欲望を消費した段階でその欲望を現実化する人間は稀であると思う。つまり批判している人たちが犯罪を助長するのだというとしたら、つまりあらゆる不道徳な小説《例えばマルキ・ド・サドの小説では近親相姦もあり、また子供も欲望のために殺している》は禁書にしなくてはならなくなる。勿論、そういう小説等が存在することにより、そういう欲望を潜在的に抱いていた人を顕在化させることはあるかもしれないが、そこそこ顕在化している人が逆にシュミラクールによって、現実化することをやめる=欲望を消費してしまうことも少なくないだろう。
性暴力ゲームを禁止するのは、個人的には構わないが、その理由が不明瞭であるならば、新たな魔女狩りになり得るし、また欲望を抑圧する程、現実化する可能性が高くなることを忘れてはいけないだろう。
ジル・サンダー女史の参画するユニクロ
ジル・サンダーの復活である。ハイファッションの分野でなく、ユニクロというマスブランドにおいてどういう采配を振るうのかは楽しみであり、秋の店頭が今から待ち遠しい。
自らの名前を冠したブランドは、プラダへの売却された後、いまではオンワードの所有である。それにしても、現存するデザイナー自らが外に出てしまったブランドの価値については僕は疑問を持っている。確かに隠居してしまったり、体力&才能等自身の諸問題で辞めたのなら分かるけど。
ユニクロの素材開発力、流通力を得、ジル・サンダーは何を達成するのだろうか。ヨウジヤマモトの無印良品に対する関わり方と比べ、彼女の抜擢がどういう商品力を発揮するのかは見ものである。
今秋は、ユニクロに再び行列が出来るのだろうか。
ジャン・シャルル・カーズ氏のテースティングツアーに参加する。

フランス ボルドー・ポイヤックの著名なワイン醸造元である、CH.ランシュ・バージュ。オーナーであるジャン・シャルル・カーズ氏のテースティングツアーが開催されるというので、晩に丸の内のエノテカへ出掛けた。60名の定員が一杯であり、予約も困難だった。周りを見回すと、30代後半から50代の女性が多い。皆、ワインスクールの生徒繋がりで来ているかのようである。残りはぱらぱらと酒業界関係者のような人、女に連れられて来た男、または私のように興味本位で来た素人という具合。
私が参加した理由は、幾度かCH.ランシュ・バージュを飲んでいたが、(勿論良いワインという印象だったけど)巷で言われる完璧な状態のものだったのかと疑問を抱いてきたからだった。
1990年、1999年、2003年のCH.ランシュ・バージュを試飲できる他、ブラン・ド・ランシュ・バーシュ、CH。オーバージュ、CH.レゾルム・ド・ペズの合計6銘柄を味わう。特にCH.ランシュ・バージュの垂直試飲をベストコンディションで経験し、初めてテロワールというものと、ブーケについての理解を深めることが出来たのは幸運だった。
90年はカルベネソーヴィニオン独特の力強さが漲り、タンニンと酸味のバランスが見事だった。しかし派手な感じはなく、上品なヴィンテージである。ベリー、杏、葉巻、鉛筆の匂いが複雑に現れると同時、まるで草花の溢れる欧州の古城を散策しているような心地になった。が、99年はまるでその古城がスクリーンの向こう側に消えてしまい、茫漠とした感が否めない。03年は将来ここが素晴らしくなるのが約束されているように、タンニン、酸味が力を秘めているが、まだ開花していない。
いままでテロワールの意味は知っていたが、まさに同じ場所=土地なのだということを実感したのは初めてだった。
やがてジャン・シャルル・カーズ氏が現れ、スピーチが始まる。彼は4代目当主であり、白を担当しているそうだ。昔は1ガロン家族向けに白を25ケース作っていたけれど、知人に配布しているうちに好評になり、やがて役人にワイン法に違反していると指摘され、そこから商売のレベルまで拡張したのだと言う。
確かに白も上品であるながら力強く素晴らしいが、僕は同じ白ならばアローホが良いかなと思う。90年のCH.ランシュ・バージュ(赤)には唯一無二であることは疑いの余地がないのだが。tokyotaro
松林の奥に広がる四月の海

四月の海は清清しい。僕は9・2フィートのクリステンソンのボードを担ぐと、家から五分ほど離れたポイントまで向かった。普段は荒れている海が穏かになり、それでも膝‐モモのサイズだったので大勢のサーファーがサンライズに集まっていた。多分暖かい陽気のせいもあるのだろう。
遠浅の海が透き通り、砂が足元できらきらと輝いている。空は快晴、風も微風で心地よい。パドリングしてポイントへ着くと、ショートボーダーがほとんどだった。波はほとんどやって来ない。普段の湘南のようだと思う。水平線の彼方を眺めたり、友達同士で話し合ったりと、波に貪欲というよりも感じではない。
やがてそこそこの波が来て、結構乗ることが出来た。しかし多少サイズがあがるとダンパー気味になり、ショルダーを保つ波質でなかったのが残念だった。
千葉に週末の家を借り、もう9ヶ月が過ぎ、再び夏が戻って来た。5mmのウエットとブーツから解放される日も近いと思うと、心が躍る。
電波時計を買う。深澤氏の傑作。
無印良品、+01等、ミニマルなデザインに定評のあるプロダクトデザイナーの深澤直人氏がセイコーと長年進めているセイコーパワーデザインプロジェクト。その監修の電波時計が新しくリリースされたということを知り、購入した。
シンプルな軍用時計にも似たフォルムと、明快な数字のレタリングを持つ文字盤が美しい。電波時計というと、いままで機能をフォルムに表現しようとしているものが多く、こういうミニマルで魅かれるデザインはなかった。一見、電波時計とはまったく感じられない。
アンティークの機械式時計の一日数分狂う時計で生活していると、わざわざケータイで時刻を再確認する時がある。そういう煩わしさから解放されるとともに、良いデザイン&適切な価格の時計を知ったことは、とても収穫だった。10気圧防水なので、海でも使ってみるかと考えている。
BEER&WINE STAND Sと13年の歳月
山本宇一氏から案内をいただき、渋谷に出来た新しいショップに出掛けた。昨年の話である。
駒沢のバワリーキッチンがオープンしたのは、もう13年前にもなるだろう。彼は、その当時からの知り合いである。当時、僕はアメリカの資本の広告代理店に働いている二十代の若者だった。いつも駒沢に出かけては、明け方店が閉まるまで友達と徹夜で語り明かしたり、週末はブランチを楽しんでいた。ブック・リーディングを主宰していたブルース・バンドの方と知り合ったのもバワリーだったし、ある意味当時のカルチャーが肌に感じられる店だった。NYの肉屋街にあった画家のR・リキテンシュタインが懇意にしていた『フローレンス』という名の食堂に似ていると話をすると、山本氏も僕もその店は好きだと言っていたのを思い出す。
出来たばかりのバワリーキッチンのオーナーとして忙しく働いていた山本氏は、九十年代後半、メディアでも時代の提案者として注目の人となった。日本中の喫茶店がカフェになり、真夜中に酒を飲まずにお茶を飲む時代が来た。いわゆるカフェ・ブームである。その立役者としてHeadsという企画会社を発展させ、現在も空間プロデュースの仕事で大活躍している。今でも13年前と同じ物腰のしなやかさを失わなず、昔のみずみずしさを感じさせるのは立派だと思う。いわゆる鼻持ちならない嫌味なトレンドセッターとは、一味違う矜持がある。
13年前僕は当時酒の仕事をしていた。高級クラブ・スナックの衰退期であり、先輩が後輩に酒の飲み方を教えることが少なくなっていく時代だった。日本の酒文化はある意味転換点を迎えていた。そのうち巷に溢れているスナックはなくなると予測していたけれど、本当にそういう世の中になり、みんなは人との直接的な繋がりを避けるようになりつつあった。インターネットが台頭しはじめ、街をぶらつくかわりにネットの世界に若者が吸い込まれて行った。情報手段が蔓延し、世の中は回り道をすることが、極端に少なくなりはじめた。
現在、店というメディアが何を発信できるのだろう。昔のディスコ・クラブのように新しい世界の情報を受け取る為にわざわざ出向く(何も釣れない日もあるのに)若者っていまもいるのだろうか。80年代は最新の情報は街にあったけれども、そういう意味では街(東京)は貧しくなったなと痛感する。街が既知&既存情報の追体験をする場所のようになってしまったのは、21世紀になってからだろう。
「美味しいワインとおつまみ(ハム)が安く楽しめるシンプルな場所」と、BEER&WINE STAND Sのことを山本氏は言っていた。フィジカルな要素を満足させるというシンプルな答が、とても現在の東京の状況を示唆していると思う。
千葉に週末の家を借りて、半年が経ち…。

千葉の一宮から東浪見に向かう途中にサンライズというポイントがある。朝に海辺に出ると、海から朝日が昇ってくる。サーフィンをする人には知られているが、普通は波乗り通りから御宿に向かう途上で通り過ぎてしまう場所のひとつに過ぎない。近くには和食屋とサーフショップがあるだけで、めぼしいものは特にない。
2008年の8月以降、僕の週末のほとんどをこの場所で過ごしている。東京の港区を出ると、ちょうど一時間半の道のり、約100km程度のドライブになる。辺鄙なところなので、友達が来ることもない。夜中に自動車を走らせると、暗闇には無数の虫の大群と、時折現れる狸などの小動物の姿しかない。冬は澄み渡った空に星が満ちている。わざわざ家賃を払って週末を過ごすとところだろうか分からない。東京から波情報を見て、その日の気分でさまざまなポイントを探して東奔西走することもなくなった。その代わり、少しだけぽっかり空いた時間が残る。

屋上から海を向かって眺める。夏は一日だけ素晴らしい花火を観ることもできる。朝サーフィンをした後、海風を受けながら、屋上でビールを飲む。晴天。からだから余分な力が抜けていくのを感じる。東京近郊の経済の発展はこういう空虚な場所を埋めていってしまった。昔の湘南にも、こういうぽっかりぬけた感じがあって良かったなと、僕は祖母とピクニックをした頃の、湘南の松林や茅ヶ崎の海岸を想う。
リレンザというインフルエンザの特効薬を摂る。

インフルエンザというものに罹患した。近頃メディアでは鳥だなんだと騒いでいるし、怖い怖いと言われているから医者からインフルエンザですと言われた時は、嫌な感じがした。鼻から長い綿棒を突っ込まれ、二十分くらいで結果が出る。A型という箇所に+の記号が出ていたのだ。
ラムズフェルド氏が大株主であった製薬会社のタミフルも、いまではA型のソ連変異株には効かないらしい。そういう説明もなく、リレンザという薬を渡された。風邪をひいていた直後に感染したので、いままでの薬を飲んでいいかというと駄目だと医者は言う。38℃の熱のまま家に帰ると、そのリレンザというものを吸った。
リレンザはタミフルのように経口では効かず、鼻と口の粘膜から摂取する。するとウイルスの増殖を阻害するらしい。吸うのは早目がいいという。特製の容器で穴をあけると、吸い込むたびに粉が喉に付着する。そういえば異常行動とかあったよなと、ふと思う。ちょうど家には自分しかしない。しかし若くないのでベランダから飛び降りる体力もない。熱が高いと少し頭の中のイメージがぼうとしているのは仕方なく、そのまま眠った。しかし起きてみると、ひどく頭が痛い。ネットをみると、副作用に頭痛、悪心等が羅列されている。
その後一日経ち、確かに回復しつつある。しかしあと三日リレンザを吸わなくてはならない。インフルエンザは辛い。しかし新薬というのも辛いものだ。
会社は人であるか、物であるか-雇用問題を考える。

派遣社員切りの話題が巷を賑わしている。メディアでは、大企業は内部留保が十分にあるのに雇用を救わないと共産党が糾弾し、また一方で大企業も瀬戸際であって、規制が強くなるなら雇用は海外へ流失するという「日本空洞化」論を唱え始める。
一昨年だったか、東京大学経済学部教授である岩井克人氏の講演を聞いたことがある。
現在、未曾有の金融危機であるという最中に、彼が『会社は法人であるというが、その法人のなかの「人」は何を意味するものだろう』言っていたことが頭をよぎった。
岩井教授の説明では、会社は物であり、同時に人なのだという。株式会社である場合、持ち主は株主であるが、株主だからと言って会社を言いなりにはできない。つまり人であるからだ。株主であっても、会社の所有物=自分のものではない。会社は「人」として存在しているし、そのなかに働いている「人」も自由になる存在ではない。つまりは永遠に二重性があり、ある時は「物」として扱われ、ある時は「人」となる。昨今のグローバル化は、会社の「物」としての側面を強調してきた。株主=マネー至上主義が横行し、同時に「人」が忘れられていった。が、金融が危機に瀕死してスポットライトが弱まると、とたんに忘れていた暗闇から「人」の側面がたち現れた。今はちょうどその「時」である。
資本主義経済の本質は、(経済と言ってもいいが)「信用」を売って成立している。貨幣も、会社も、商品も(特に金融商品は)、「信用」の賜物である。
そういう視点で今回の騒動を考えるならば、安定のない雇用は、会社の「人」としての「信用」を失墜させることに他ならない。すなわち直ちに安定雇用を叫ぶ人も多い。しかし一方で、派遣・契約のような雇用形態を望む者も少なくないという事実がある。派遣社員、契約社員であるから故に、いままでは学歴・経験等さまざまな要因で体験できなかった職域での仕事が経験できたり、また生活の自由度と給与のバランスに魅力を感じていたのだ。
ある意味、そういう派遣社員の人々も、会社を「物」と考えていたのであり、弱者=救済という短絡的なそして痴呆的な意見をメディアで振りかざしている姿は聞くに値しない。自分がどういう「人」として生きていくべきか、どうすれば「信用」されるかという根本的な問題を無視し、お寒い限りである。
グローバル経済を標榜し、マスコミ・政治家・一般の人々も「物」説に酔いしれたのではないだろうか。世界経済の好調に乗って回復した日本経済のなか、皆が反対を明確に唱えることもなく、「物」化することを助長していたのではないだろうか。ホリエモン、ファンド、ネット個人投資家の台頭、すべてがその流れから生まれた。しかし僕はすなわち「物」化が悪いことだとは思わない。非常に腹立たしいのは、風向きが変わるとすぐ転向するという、終戦直後も同様日本の悪癖である。
物は何も言わない。恐ろしく、限りなく透明な存在なのである。「物」は常にそれを使う人の心を反映するに過ぎない。
日本企業の技術力。求められる発想の転換。
米研究機関、合計16台のPS3でスーパーコンピューターを構築したという『研究グループは合計16台のPS3を安価なギガビットハブを使って接続。その上でこれらのPS3にOpen MPIをインストールすることで、HPCクラスタを構築することに成功したそうだ。(中略)16台のPS3クラスタのパフォーマンスは40GFLOPSにも』ということである。なによりも素晴らしいのは、安価でスーパーコンピューターを構築できることにある。一台4万円としても、ブラックホールの解析に利用できる機能が、僅か64万円にしかならない。
このような発想ができるのが、アメリカの知力の凄みである。日本だと、予算に応じて官僚的な思考で用意していくのが常だからだ。日本全般、『予算をいかに獲得し、消化していくか』という官僚的思考から脱却する勇気があるならば、不況のさなかではあるけれど、日本の力は十分に発揮できる。
地方自治体も企業も学校も、すべての日本人が早晩に官僚的な組織機構を真似る方向から脱却し、組織のストレッチングをしていくべきだろう。規制や保護という官僚主義の強化を図るなら、まるで拘束衣を着させられるようなもので、健康な肉体も次第に病んでいってしまうに違いない。
来年こそより自由に、柔軟に。<tokyotaros>

