春の房総・サーフポイントを巡る。

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青空、暖かい南風。週末、房総へサーフィンに行く。
鴨川の歴史あるポイント・シーサイドで緩い波に乗り、ようやく春の到来を感じた。鴨川でも有数の高級なマンションが立ち並び、とても気持ちの良い場所だった。波は膝、たまに腰くらいのセットが来るだけだったが、スムースなライディング、そして鹿嶋とは違う緩やかな豊かさ、というか荒涼としたところがない。
翌日、長期に波を楽しむために滞在する場所を探すため、房総を一日で周ろうと、国道128号を北上した。
勝浦の部原は波がなかったが、日本有数のポイントであり、目の前にはロイヤルバンベール勝浦というマンションが建っている。ここだったら、毎日良い波が見えるだろうと、夢想する。
次にサン・ドライブインから崖下を眺める。ここはかつて霊場だった土地であり、現在ドライブインは閉鎖されている。部原がクローズすると素晴らしい波が立つそうだが、高所から眺めると降りるのが怖そうだ。また後に知ったけど、幽霊話も多いところだそうだ。昼は燦燦と陽が差し、そういう雰囲気はないのだが…。Photo_16
次に御宿に寄り、そこから岩舟へ。釣師海岸へと128号から細道を左へとしばらく向かう。次第に人気がなくなり、海岸への入り口が現れる。その崖に掘られたそら恐ろしい程暗いトンネルを抜けると、切り立った崖の下にある海岸に出る。落石が一面に散乱している。なんでもここはサーフスポットだけでなく、ゲイ・ビーチとしても有名らしい。Photo_17
やがて128号を北上していくと、お洒落なサーフショップが大東を過ぎた辺りから点在しはじめる。サーフショップに併設されたカフェでクラムチャウダーを飲む。
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一宮、片貝海岸を過ぎ、最後に向かったのは、九十九里の成東周辺。
ここまで房総を北上する来ると、人影もなく、荒涼とした海が広がっている。
同じ天候の中周ってみると、本当に表情が異なっている。普段良く行っている茨城とも、湘南とも違うなと思う。なかなか一箇所に場所を決めるのは難しい。さまざな土地を巡りつつ、波に乗るのが一番楽しいのかも知れない。

バルテュスは違法なのか。表現の自由を奪う暴論。

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子どもの性の商品化に歯止めをかけようと、日本ユニセフ協会は11日、児童買春・児童ポルノ禁止法の改正を求めるキャンペーンを始めた。18歳未満を写した性的画像・写真の単純所持を処罰対象に加えるとともに、マンガの虐待描写なども「準児童ポルノ」として違法化するよう訴え、賛同署名を集め、政府・国会に提出する。
中国人のアグネス・チャンが筆頭になってユニセフの下部組織でもない組織が痴呆的な表現規正法を進めようと、、あたかも正義の旗印のようになって表現を規制をすすめていくそうだ。
どこに正当性が生じるのか誰が判断するのだろう。確かに幼児性愛は行為としては犯罪としても仕方ないが、空想また想像上のポルノを規制していく(絵でも規制する)というのだから、何が幼児性愛を喚起するポルノであるのか明確な定義をするべきだ。所持で逮捕する等と、自由を売り渡しているとしか思えず、明らかに国家権力の濫用にしかならない。
配布の容疑で逮捕したとしても明らかに表現の自由に抵触するし、(定義が曖昧なら)いわんや所持で逮捕するとはどういうことか。先日もロバート・メイプルソープの写真を猥雑だと裁判で争ったばかりであって、日本のポルノグラフィと芸術判断の定義など曖昧極まりないし、そんな馬鹿な法案が可決した暁には、国家治安維持法以上の悪法になりかねない。
仮に、一度アメリカで問題となったバルテュスのワイン(ムートン・ロートシルト)ラベルを持っているだけで逮捕できるようになったら、それを規制する基準等なにもないのです。表現として幼児の姿態を撮影した写真ならば本人(子供)が介在する問題となっても理解できるが、絵画(及び漫画)で規制するという理由づけには甚だ無理がある。性犯罪者を取り締まることに注力を向けるべきであり、表現の規制で性犯罪がなくなるわけではない。
表現の自由を奪うような社会には、アートはありえないし、越境していく冒険者も生まれない。偽善者どもはそういうことを知っての確信犯か、はたまた阿呆なのか。
児童買春・児童ポルノ禁止法の改正(悪)には、私は反対です。

旧友の個展と変貌する表参道

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表参道から明治通りに抜ける小道を歩いていくとCafe mi mondoという小さなギャラリーがある。そこで二十年来の友達の画家が3月9日(日)まで個展を開いている。ちょうど初日にオープニングがあるというので、普段は行かない原宿の街に出かける。ここ数年の変化は凄まじく、また魅力的だった。僕は新しく出来たというビブレ跡のファッションビルにある、マルタン・マルジェラ店舗にて、22番・白いスニーカーを買ってしまってから、その脇にある小道をギャラリーへと急いだ。その少し前までは静かな住宅街だった小道にも、表通りを模したファッショナブルな店舗群が地下茎のように進出している。
90年初頭以来、日本の自力での景気は下降の一途であるが、海外の資本が確実に日本の風景を変貌させたのだと思う。表参道の表側には、軒並み海外資本のブランドビルが立ち並び、日本のブランドは地下茎に逃げ込むかのようだ。(まあ勿論、代々木公園は米軍住宅の跡地であるし、歴史的にバタ臭い街なのだけど)
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それはさておき、旧友の画家・福川氏の個展は盛況だった。バービー人形と髑髏をモチーフにカラフルな印象の連作を展開していた。客層もポーランド人、オランダ人等、国際的だった。彼は8年フランスに在住した後、日本に戻ってからも精力的に画を描いている。
春めく週末の一日、表参道の地下茎をさ迷いながら愉しみ、神社の奥にあるギャラリーに行ってみるのも面白いと思う。

自動車いろいろ。それにしても疑問な価格戦略。

BMWが新しいクーぺを発表したという。
BMWJ、「1シリーズ・クーペ」発売・価格抑え若者狙う
 ビー・エム・ダブリュー(BMWJ、東京・千代田、ヘスス・コルドバ社長)は26日、クーペタイプの高級小型車「BMW1シリーズ・クーペ」を発売したと発表した。2ドア4人乗りで排気量3リッターの直列6気筒エンジンを搭載する。価格はMT車が538万円、AT車が549万円。BMWブランドでは一番安価なクーペとなり、スポーティさを求める若年層など新規顧客の開拓を狙う。(NIKKEI NET)
それにしても、1シリーズのクーペに538万円(総額600万円?)払う若者って、日本のどこにいるのだろう。自動車離れがいちじるしく、しかもクーぺに魅力を感じる若者…って。三十過ぎても年収500万が難しい世の中で、一方市場は小さいけれども成功した企業家だとしたら、若くたって1シリーズは乗らないだろうし(倍してもM3乗るだろうと思う)BMWが売れようが売れまいが別に関係ないのだけれども、インプレッサSTIが400万円以下で売ってる国なのにと言ってあげたくなる…。
まあこういうところからも、もはや日本が彼らのアジア戦略の思考の想定外になりつつあるのだなと痛感する。蓋し、シンガポールや、中国の若い企業家たち、インドの企業家にとっては高くない価格だから。まあインドはそもそも関税が倍くらいかかるけど…。カムリが600万円くらいするし。世界的にサブプライムだとか、国内では年金問題も、地域自治体の破産も心配されているのに、まだ世界の経済の歯車はぐるぐると拡張に向けて進行しているのだろうか。

東京ドーム・ポリスのライブを観る。

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ポリスが再結成し、ライブを観た。
二十年前に同じ東京ドームでスティングのコンサートを観たのだけれども、五十半ばを過ぎたスティングがポリスで歌うとは想像しなかった。そういう意味で確かに懐メロのコンサートなのだろう。昔ベンチャーズが80年代に来日した時、そのファンの方々に対する若かった僕らの冷ややかな眼差しを思うと、どこか素直に喜べない何かが潜んでいる。
ロックの世界は老いないと誰もが思い、しかしロックも老いている。(現実的に)J・ロットンが『ロックは死んだ』と言ってから約30年が経ち、そろそろ壮年期から老年になりつつあるかつての若者たちが、リバイバル・マーケットを生み出している。『自分たちはまだ若い。元気があるんだ』そういうファンの想いがこだまし、同時にかつて失われた青年期へのノスタルジーが背後から溢れてくる。『昔のロックは凄かった』と、息子や娘に自慢するのか、それとも最後の一声を聴いてみたいのか。
演奏は素晴らしかった。最後までオリジナルメンバー3人の演奏で乗り切り、若さのドーピングよろしくゲストのミュージシャンが活躍するRストーンズとは違う。A・サマーズのギターも、熟成された凄みを感じさせるし、S・コープランドのパーカッションは、六十半ばとは信じられないエネルギッシュな演奏だった。スティングの声は、相変わらず素晴らしい高音で歌いあげる。
確かに再結成はある種の追憶のビジネスかもしれない。でも理屈っぽく思う自分よりも、素直に楽しむ方がいいなと思う一夜だった。

グレン・グールドを聴く。生誕75周年CD80枚セットを買う。

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 グールドを聴くたび思い出すのは、友達が『ばあさんが好きだからこのレコード録ってよ』と、当時僕が愛聴していたグールドのベートーヴェンのピアノ変奏曲をダビングしたことだ。当時使っていた貧弱なオーディオ装置でダビングしたテープだった。当時使っていたアイワ製のカセットレコーダーで再生すると、若干ノイズが残っていた。が、調整が難しいので、そのままカセット・テープを友達に渡してしまった。後日、友達に大丈夫だったと訊くと、『ばあさん喜んでたよ、ありがとう』と言う。その友達の祖母は、今は故人となられた白洲正子さんであり、その芸術に対する深い見識について、当時の僕は余りにも認識が浅かった。後年僕が分別つくようになった頃には残念ながら他界され、カセット・テープを二度頼まれることはなかった。せめてカセット・テープをもうひとつランク高いメタルにすれば良かったなと、ふと悔やむことがある。まあ蓋し音楽素晴らしさと、音質は違うものなのであるが…。
 それから二十年経っても、僕はいまでもアナログレコードを聴く。またエソテリック製のワディアデジタルのDAコンバーターを搭載したCDプレイヤーを買ってからは、CDでも十二分に音楽を愉しんでいる。その他のオーディオ機器も、ソニー、マランツの廉価版、やがてセレッションのスピーカーにクオード44+405のアンプで聴いていた頃から、現在はATCのスピーカーにクレル+アキュフエーズのアンプと変遷した。いまでもアナログの馴染みの良さ、蓋し昔からの耳の慣れというか郷愁に心を揺らし、同時に明瞭な音のCDの方が優れていると感じる。気がつくと、アナログがデジタルか等と、二十年来さ迷っている。
 グレングールドの生誕75周年記念で80枚のCDセットが限定発売されたのは昨年だった。買う機会がなかったが、ようやく手に入れることが出来そうだ。80枚のコンプリートセットで3万円を切る価格はべらぼうに安い。一枚2500円も払ってLPレコード一枚を買った高校生の自分を想うと、夢のようである。すべての聴衆に最高の音楽を表現できないとライブ演奏を辞め、オーディオでの再生を最良の観客として演奏したグールド氏の全作品である。
※写真は別のLPです。
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 ぜひ手元に残っているLPレコードとCDを聞き比べて、もう一度昔を思い出してみようと思う。カセット・テープもなくなってハードディスクが記録媒体になってしまうなんて、夢にも思っていなかった昔を。

大学を再建する必要ってあるんですか。

日経ネットによると、こういう報告が出たそうだ。
私大や短大「経営困難」98法人・事業団調査、再建支援へ
 日本私立学校振興・共済事業団は、全国の大学法人64と短大法人34が早急に改善が必要な「経営困難状態」(イエローゾーン)にあり、うち15法人は「いつつぶれてもおかしくない」レベルと判定した。今後、経営実態を精査し必要に応じて支援に乗り出す。法人名は未公表だが、イエローゾーンが調査対象の約15%に当たる計98法人に上ったことで、大学・短大の淘汰時代到来が現実味を増した。
 同事業団は大学法人521と短大法人144の2006年度決算と07年度の入学者数動向などを基に、教育研究活動による現金収支(キャッシュフロー)や外部負債、運用資産に着目して7ランクに分類した。 (NIIKENET)

僕の感想としては、もうそういう大学などは必要ないと思う。現状の有名大学が縮小することはあっても、潰れることはないだろう。潰れるような大学に税金を投入したり、大学に希望者全員が(金さえ出せば)行けるようなことは無意味である。高等教育が遍く必要であると見なしている人々の頭がオカシイと思う。勿論、大学が必要ないというわけではない。大学は必要な人だけが行く、本当に意味のある教授・生徒・研究者が行くべきだからである。
第三セクターのレジャーランドが倒産するように、こういう大学等もなくなっていく。そういうことと同じであると思う。
大学に行けばいいというのは、あくまで有名大学に過ぎない。早稲田大学の学生から話を聞いたら、5万人もの学生が早稲田にいるという。仮に大学を出る目的が就職であったとする。通常の有名企業1社が雇用する新卒はよくても数百人だ。仮に日本の大学が早稲田だけだったとしても、新卒学生で人気企業トップの約40-50社程度が埋まる計算になる。
もはやなんとなく大学にいく時代ではないだろうと思う。潰れることころは潰れるので当然だ。さまざまな格差があってしかるべきであり、(実質なかった時代があるのだろうか)格差がないとか言っている幻想は捨てた方がいいと思う。実質それ(税金等)を負担していくのは、30代以前の世代なのだ。

銀座マキシムに行く・高級フランス料理の代名詞

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銀座にある『マキシム』の名は余りにも有名だけれども、いままで食する機会がなかった。
理由は高級である=値段が高いということもあるけれど、その他東京のレストランと比べて高価すぎる訳でもない。確かに70年代当時から、高級レストランの代名詞として確か漫画でも見た気もするし、子供でも、どこか遠くで聞いたことのある名だった。自動車のメルセデスベンツであり、フェラーリのように乗ったことがなくても、(当時は見たことがなくても)知っているべき高級レストランだった。
先日出版されたミシュラン東京にも掲載されていないし、勿論それ以前に、80年代からのフランス料理を含めたヌーベル・キュイジーヌの波から取り残された遺跡のような存在である。だからこそ、90年代に大人になった僕としては、そこで食事をしようという頭の中に存在していなかった秘境であった。
壁には、マリアカラス、イブ・モンタン等かつてのフランスの著名人の訪問時のサインが飾られ、バーは古色蒼然と、ロートレックの絵(勿論本物ではないが)で彩られている。椅子はベルベット地である。現在主流である、ミニマルなスタイルの余分がない空間とは対極にあると言ってもいい。しかしここは、確かにイメージするフランスそのものである。シャンソンが似合う空間であり、五月革命以前のフランスへの追憶そのものだと感じる。80年代の五木寛之氏がパイプを吹かしていそうな場所だ。
およそ日本のトレンドは欧米より20年遅れているから、まあ1967年オープンのこの店が1947年のトレンドを体現しているのだろう。現在では、まあ10年以下のギャップかもしれないけど。
食事は、それなりに満足できるフランス料理だということだけに留めたい。良かった点は、ワインリストに飲み頃の銘柄が良心的なプライスで載っていることだ。ワインについては、巷のワインショップで売っている値段よりも、(近年のユーロの高騰も影響しているのだ)安いものが多くある。そこは歴史がある故なのだろう。
それにしても子供の頃想像していた「高級フランス料理」を食し、かつての「高級」の意味を知ったのは、とても感慨深かった。

バンコクを見、東京を憂う。

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先週バンコクに滞在していた。
滞在期間は、気温も30度半ばと聞いていたものの涼しく、湿度も低かった。
8年前に一度空港を訪れたことはあるが、その当時とは空港も見違えるほど素晴らしく、アジアの発展に驚く。最近はインドへの出張が多かったので、その差は驚くべきものだった。昔、バンコクの混雑は相当ひどいと聞いていたが、高速道路が整備されたおかげでエアポートからのアクセスも良い。やはり聞くのと、見るのとでは大違いであることを痛感した。
宿泊したのは、メトロポリタンというホテルで、2003年に出来たところだそうだ。このホテルはロンドンとバンコクにあるだけだそうで、全体的にコンテンポラリーなグローバルスタイルであり、客室もミニマルなタイ風なインテリア。また有名なスパ<“COMO Shambhala”は、“Conde Nast Traveller”誌などで世界のベストスパにも選ばれたほどの実力をもち、欧米のセレブから支持される、大変有名なスパでそうです。> と素晴らしいプールがあって、仕事でなかったら、じっくり楽しめたと思う。
東京も変貌しているが、確かにアジアの変貌はより別の次元に進んでいる。東京よりも現代的な国際的な感覚というのだろうか、そういう空気のようなものを感じる。食事も美味しいし、飲む場所はバラエティに富んでいて楽しい街であること等、いまさらながらに知ったのは収穫だった。
サムイ島に行った90年代当時は、水溜りの道をバイクで走ったりしたものだったけど、いまではサムイの道もきちんと舗装されているそうだ。タイがエキゾチックな場所だという、高所から見るような幻想は捨てたほうがいいのだろう。
消費のスタイルも現代化し、アジアは変貌する。さて東京は2010年代にはアジアの先端でいるのであろうか。そう考えてみると、やはり2016年の東京オリンピックがターニングポイントとして必要なのだと痛感する。