
六本木のヴァージンシネマにて、『サイドウェイ』というアメリカ映画を観た。親友のため、男二人で婚前旅行する(バチュラーパーティーのような旅行?)、カルフォルニア・ワイナリーをめぐるロードムービーである。人情ものの落語のように切なく、可笑しく、ホッとする話だった。それはともかく、映画を観ると無性にワインが飲みたくなった。
大学生の頃、フランスに長期滞在していた時はヴァン・ド・ターブル(下級ワインですね)で酔っ払って楽しんでいるくらいで、別に銘柄なんて読めないし、「高級ワインをめでるいうブルジョア嗜好なんて」と軽蔑していたくらいだった。(ただAOCなんて飲めなくて、金がなかっただけでしたが…)
やがて仕事をするようになって、(少しばかりお酒関係の仕事をすることになり)、そこからワインという深みを知った。『ブルゴーニュのコートドールは、石灰岩が土地に含まれていて、それはここが太古の海底だったからだ』とかいううんちくを仕事相手から呪文のように聴かされ、いつのまにか入信してしまった。
それから良いワインの味を知ろうと、いままでラベルも良く覚えていなかったようなレベルから、本を読んだり日記をつけたり、それなりに良いワインを飲んでみた。
それからは、展示会で試飲したり、高いお金を払って買ったりもした。でも、chマルゴー、chムートン・ロートシルトのような五大シャトーから、ポムロルの有名シャトー、またカルフォルニアではアローホを買ったりという程度で、ロマネ社やら、ペトリュス等は未だ手が出ない。さすがにワインは農産物に近いから、一本づつ状態が分からない。だから外れると怖い。十万という金を出すなら、高級フレンチを食べたほうがいいと怯んでしまう。
映画では、主人公がシュバルブランの61年物を飲むシーンがある。そのせいか映画を観て、秘蔵していたCh La Conseillante 93 コンセイアントを週末飲んでしまった。
そのシュバルブランと比べるべくもないワインであるが、それでも僕にとっては高価で十分満足できるワインだった。
カフワの椅子

東京の目黒川でコーヒー屋をやっている「僕」が盲目のおばあさんとともに新しい世界を発見していく。やがてカフワの由来と共に語られていく、写真、眼、光、そして言葉と歴史について、ベルリンまで旅をしていく小説です。
<読者の感想>
●特に目に見えてるものなんて、あんまり重要じゃないのかなと。
「なんかどこかに大切なものを忘れてきてる」 最後にスイカのお面をかぶった写真を異国の地で見つけたときに僕はそれをつよく感じました。<雑誌編集者>
●一度読み、すぐにもう一度読みました。
とても親近感の覚える表現で書かれており入り込んで完読してしまいました。私は人間の『バランス』ということについて何だか考えてしまいました。<ネット書評よりtm <> >
※ぜひ以下の書店でご購入ください。
<Amazon>
<紀伊国屋書店>
ヤフー
首相官邸の池とカルガモ
春になると、花粉とともに鼻水が流れるのですが、それでも暖かくて気持ちが良いなと思う今日この頃です。
そういう季節になると、そろそろかなと思うことがあります。それは溜池山王にある首相官邸の池やって来たカルガモの消息です。この池は官邸の周りを流れている水路にある池なので、歩行者や警官がおやと目を留め、ひょこひょこ藪に隠れたり、または気にすることもなく水遊びをするカルガモを見て、ほのぼのしています。
東京の春は少しばかりの自然のなかに発見されるので、それは箱のなかの草花のように特別なもののように珍重されるのでしょう。
皇居の池にでも行けば安全なのにと会社員がやきもきしたり、記者が記事を書こうと警官に取材したり、それでもカルガモにとってはどこ吹く風なのですが。
<tokyotaro>
鎌倉の海とサーフィン
七里が浜の海は台風になると、ロングボードに良い波がやってくる。
僕は実家が神奈川県にあるので、このあたりの海が僕の考える「海」のイメージである。
でも大人になって、ロングボードと出会い、初めて海の素晴らしさを知った。
大学の頃、ヨットをやって浜に暮らして、一年ほどを過ごした。だから海の風も潮も知っているつもりだったが、たった一枚の板で海の力を感じるサーフィンは、それまでの経験とはまた別の視点にある「海」を教えてくれた。
鎌倉は山に囲まれたその先に海がある。山から海へ風が吹くと、波はかたちが美しくなる。鎌倉に住んでる人たちは大きなボードを手で抱えて、遠くから来る人たちは自動車に乗ってやってくる。
この写真は、そのパーキングからの眺めである。
地元の方々がごみの清掃を呼びかけ、波があるのにサーファーが海をあがってごみ拾いしたり、海亀が泳いできたりもする浜だ。
東京から一番近い、波のある海である。
その風景を感じていると、僕はスローライフという流行り言葉も悪くないと思った。
蔡國強と大陸の力
火薬と爆発による発光。僕が蔡氏の芸術を知ったのは、もう十年以上も前になる。そのころ、万里の長城を延長するというプロジェクトのドキュメンタリーを見、そのスケールに驚愕した。一万メートルの延長された爆薬が順に爆発して発光する。すると、彼は言う「宇宙からこの爆発を眺めると、万里の長城から光の龍か舞い立ち、それは宇宙空間を永遠に旅するのだ」と。
東京でも、僕もいくつか彼の作品を体験した。1994年、世田谷美術館で秦の兵馬俑の展示があり、同時に彼の展覧会も併催された。ちょうど兵馬俑の展示してある建物の外に大きな穴を掘り、盗掘のパロディをやった。また翌年、青山の街全体でキュレーターのヤン・フート氏が監督した『水の波紋』では、幼稚園から墓場繋がる竹の橋を築き、橋の上から過去と未来を俯瞰させてみせた。そののちもニューヨーク、横浜で彼の作品には何度も接した。どれもが明確なコンセプトと語る力のある作品だった。
今、中国は経済的にも大きな力となっている。十年前に、その前触れのような力を感じさせてくれた作家だった。
ドラえもんの娘。
藤子不二雄さんに小学生のころファンレターを出すと、キャラクターが勢ぞろいしたはがきを送ってくれた。その優しさにとても感動してしまい、大人になったらああいう漫画を書きたいなと思った。ひとりでキャラクターを想像し、ノートにいくつもの話を書いた。1970年代の話である。
それから十年して、僕は世田谷にある某私立大学に入学した。明るく、楽しく。80年代のキャンパスライフの理想がある場所だった。そこで同じ学部に藤子不二雄Bさんの娘がいると知った。友達が彼女をよく知っていたので、子供の頃の想いがあって、「ぜひお父さんを会わせて欲しい」と頼もうと思ったが、妙に恥ずかしくて切り出せなかった。子供でもなく、漫画家志望でもない大学生が会って何をしていいかわからなかった。
しばらくして、彼女のお父さんは亡くなった。恥ずかしいなどと思って切り出せなかった自分を後悔した。とても残念だったし、結局僕は友達から彼女を紹介してもらうこともなかった。
今度ドラえもんのアニメの声優の大山さんが辞めるという。僕のドラえもんは紙であってアニメではないけれど、そういうことにノスタルジーを感じてしまう人たちの気持ちはわかる。「ドラえもん」という漫画の世界も、世界のどこかで現実としての静かな死と繋がっているのだろうと。
銀河鉄道の夢
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地球の外を旅してみたいと子供の頃はよく想像していた。自分が大人になった頃には、宇宙服くらい買うんだろうなとか、30歳のころには宇宙ステーションで仕事していたりとか、想像は現実的なディテールをともなって、「うんこしたら、重力がないからぐちゃぐちゃになるぞ」とか言う大人に、「重力を作る機械があるから大丈夫なんだよ」とか言って、さも宇宙旅行のエキスパートのようなこと言ってました。
僕のもうひとつの宇宙観には、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』からの影響があります。カンパネルラは死んでしまって銀河鉄道で行ってしまう。確かに、宇宙は広大な死の世界でもある。音もなく、空気もなく、闇ばかりで、確かに人間が生きてはいけない空間なのでしょう。それでも魂になったら、自由に飛びまわれるような気します。友達の去っていく場所としては幻想的な場所です。
写真はタイタンという土星にある衛星の写真です。大気があるらしく、地球に良く似た惑星だそうです。何年もかかって探査衛星が到達したのです。
子供の頃考えたより人間は小さな存在なのだなと痛感します。何年も闇に揺られながら、生命のない死地を飛んでいけるのは機械だけなのでしょう。
現在建築
モダン建築が再評価されて流行となり、5~6年くらいになるんですね。チャールズ・レイ・イームズの椅子ばかりでなく、建築まで自動車の広告となっているし、青山、代官山、中目黒のファッショナブルな建築には、モダン家具のイメージが溢れていますね。80年代にはポストモダンの洗礼を受けて、いまさらまたモダン?って僕は思うんだけど。いまの若い人たちが半世紀も昔のものを、(百年以上も昔のものならまた別だけど)新しいと感じているのは、僕には日本の美術教育の怠慢としか考えられないんです。そんな難しい話じゃなく、WallPaper等、お洒落な外国の建築雑誌の影響が一番の理由なんでしょうけどね。
写真は再開発エリアに取り残された孤島のような建物ですが、嫌味な作為性がなく、目を奪われました。住まうことが生み出した現在建築の粋だと思います。さまざまな規制、さまざまな快適性への課題を思うと、この家には問題はあるでしょう。しかし生活の感性から偶然生み出された(多分意識的ではないのでしょう)無為なフォルムに美しさを感じます。
ダンボールの家もそうですが、建築家の持つ作為的なものを超えたところに何かを感じるんですね。もちろん作為的でありながら、新しい地平を切り開く、フランク・O・ゲイリー氏のグッゲンハイム美術館(スペイン・ビルバオ)のような建築は別ですが…。
デジタルカウンターって日本イメージ?
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宮島達男氏はデジタルカウンターで世界的な作家になった男である。聞くところによると、数字が仏教的な無常観に通ずるという話である。1,2,3と数字がおのおのの安価なデジタルカウンターで刻まれている様子は、確かに小乗仏教的な静謐さを感じさせた。その粗末な基盤が剥き出しになった機械が連なる様から、鴨長明の方丈記を思い出し、根に同じ精神を僕は想った。
それから十年たち、ヴェネチアビエンナーレで発表された「メガデス(大量死)」を、東京の凱旋展覧会で見た。真っ暗な入り口を抜けると、そこには青いデジタルカウンターが壁一面に(体育館ほどあるスペース)数字を黙々と刻んでいる。1から9までカウントし、そこから一旦発光をやめ、また1から数字を刻みだす。ひとつはそういう動きだけれども、マクロでみると、明るいところと暗いところがモザイクのようになり、人の一生の明滅に感じなくもない。それが急に全部消えてしまい。観客は暗闇に包まれる。やがてしばらくして、ひとつひとつが徐々に光り始める。これはなにか大乗仏教的な視線だなと、大変感心した。普段は、真っ暗になって隣に女の子がいたらキスと相場が決まっているのに、それを忘れて感動したくらいだった。<残念>
その彼は、六本木ヒルズのパブリックアートも制作している。交差点の明かりのなかで光る作品にはどんな意味があるのだろう。
有名になった宮島氏の作品は、スノッブなアートコレクターたちに大人気らしい。鏡のなかに光る作品はなかなかファッショナブルだったけれど、もう鴨長明ではなくなってしまった。僕はどちらも好きだけど、やはり素敵な家に飾るなら洗練された方がいいのでしょうね。<tokyotaro>
3Cというイタリアの画家たち
クレメンテは素晴らしい画家だと僕は思う。イタリアの3Cとして、ニューペインティング(もう二十年になるんだ…)80年代にスターダムに登場したイタリアの画家である。イタリアの3Cとは、フランチェスコ・クレメンテ、エンツォ・クッキ、サンドロ・キアの彼らは、70年代後半から台頭し、Transavangurdia(トランスアヴァンギャルディア)という、非ヨーロッパのイメージを引用したアーティストたちである。その後のポップな観点からの、イメージ引用ブームのさきがけとなった。特にクレメンテは東洋の思想が感じられ、わたしたちに親しみやすい。
僕はニューヨークの出張中に忘れていた友人にふと出くわすみたいに、ハローと声をかけたくなるような感じで写真を撮った。うーん、今見ても新鮮だなと思うし、ぐにゃぐにゃとしている身体のフォルムが僕の気分である。
ぜひ青山ブックセンターあたりの画集の棚を覗いてみてください。80年代ブームはファッションだけじゃないかもね。
※写真はニューヨークの59thにあるHudsonというPスタルクがデザインしたホテルで撮りました。
http://www.hudsonhotel.com/www.hudsonhotel.com
<tokyotaro>

