BEER&WINE STAND Sと13年の歳月

山本宇一氏から案内をいただき、渋谷に出来た新しいショップに出掛けた。昨年の話である。
駒沢のバワリーキッチンがオープンしたのは、もう13年前にもなるだろう。彼は、その当時からの知り合いである。当時、僕はアメリカの資本の広告代理店に働いている二十代の若者だった。いつも駒沢に出かけては、明け方店が閉まるまで友達と徹夜で語り明かしたり、週末はブランチを楽しんでいた。ブック・リーディングを主宰していたブルース・バンドの方と知り合ったのもバワリーだったし、ある意味当時のカルチャーが肌に感じられる店だった。NYの肉屋街にあった画家のR・リキテンシュタインが懇意にしていた『フローレンス』という名の食堂に似ていると話をすると、山本氏も僕もその店は好きだと言っていたのを思い出す。
出来たばかりのバワリーキッチンのオーナーとして忙しく働いていた山本氏は、九十年代後半、メディアでも時代の提案者として注目の人となった。日本中の喫茶店がカフェになり、真夜中に酒を飲まずにお茶を飲む時代が来た。いわゆるカフェ・ブームである。その立役者としてHeadsという企画会社を発展させ、現在も空間プロデュースの仕事で大活躍している。今でも13年前と同じ物腰のしなやかさを失わなず、昔のみずみずしさを感じさせるのは立派だと思う。いわゆる鼻持ちならない嫌味なトレンドセッターとは、一味違う矜持がある。
13年前僕は当時酒の仕事をしていた。高級クラブ・スナックの衰退期であり、先輩が後輩に酒の飲み方を教えることが少なくなっていく時代だった。日本の酒文化はある意味転換点を迎えていた。そのうち巷に溢れているスナックはなくなると予測していたけれど、本当にそういう世の中になり、みんなは人との直接的な繋がりを避けるようになりつつあった。インターネットが台頭しはじめ、街をぶらつくかわりにネットの世界に若者が吸い込まれて行った。情報手段が蔓延し、世の中は回り道をすることが、極端に少なくなりはじめた。
現在、店というメディアが何を発信できるのだろう。昔のディスコ・クラブのように新しい世界の情報を受け取る為にわざわざ出向く(何も釣れない日もあるのに)若者っていまもいるのだろうか。80年代は最新の情報は街にあったけれども、そういう意味では街(東京)は貧しくなったなと痛感する。街が既知&既存情報の追体験をする場所のようになってしまったのは、21世紀になってからだろう。
「美味しいワインとおつまみ(ハム)が安く楽しめるシンプルな場所」と、BEER&WINE STAND Sのことを山本氏は言っていた。フィジカルな要素を満足させるというシンプルな答が、とても現在の東京の状況を示唆していると思う。

千葉に週末の家を借りて、半年が経ち…。

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千葉の一宮から東浪見に向かう途中にサンライズというポイントがある。朝に海辺に出ると、海から朝日が昇ってくる。サーフィンをする人には知られているが、普通は波乗り通りから御宿に向かう途上で通り過ぎてしまう場所のひとつに過ぎない。近くには和食屋とサーフショップがあるだけで、めぼしいものは特にない。
2008年の8月以降、僕の週末のほとんどをこの場所で過ごしている。東京の港区を出ると、ちょうど一時間半の道のり、約100km程度のドライブになる。辺鄙なところなので、友達が来ることもない。夜中に自動車を走らせると、暗闇には無数の虫の大群と、時折現れる狸などの小動物の姿しかない。冬は澄み渡った空に星が満ちている。わざわざ家賃を払って週末を過ごすとところだろうか分からない。東京から波情報を見て、その日の気分でさまざまなポイントを探して東奔西走することもなくなった。その代わり、少しだけぽっかり空いた時間が残る。
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屋上から海を向かって眺める。夏は一日だけ素晴らしい花火を観ることもできる。朝サーフィンをした後、海風を受けながら、屋上でビールを飲む。晴天。からだから余分な力が抜けていくのを感じる。東京近郊の経済の発展はこういう空虚な場所を埋めていってしまった。昔の湘南にも、こういうぽっかりぬけた感じがあって良かったなと、僕は祖母とピクニックをした頃の、湘南の松林や茅ヶ崎の海岸を想う。

リレンザというインフルエンザの特効薬を摂る。

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インフルエンザというものに罹患した。近頃メディアでは鳥だなんだと騒いでいるし、怖い怖いと言われているから医者からインフルエンザですと言われた時は、嫌な感じがした。鼻から長い綿棒を突っ込まれ、二十分くらいで結果が出る。A型という箇所に+の記号が出ていたのだ。
ラムズフェルド氏が大株主であった製薬会社のタミフルも、いまではA型のソ連変異株には効かないらしい。そういう説明もなく、リレンザという薬を渡された。風邪をひいていた直後に感染したので、いままでの薬を飲んでいいかというと駄目だと医者は言う。38℃の熱のまま家に帰ると、そのリレンザというものを吸った。
リレンザはタミフルのように経口では効かず、鼻と口の粘膜から摂取する。するとウイルスの増殖を阻害するらしい。吸うのは早目がいいという。特製の容器で穴をあけると、吸い込むたびに粉が喉に付着する。そういえば異常行動とかあったよなと、ふと思う。ちょうど家には自分しかしない。しかし若くないのでベランダから飛び降りる体力もない。熱が高いと少し頭の中のイメージがぼうとしているのは仕方なく、そのまま眠った。しかし起きてみると、ひどく頭が痛い。ネットをみると、副作用に頭痛、悪心等が羅列されている。
その後一日経ち、確かに回復しつつある。しかしあと三日リレンザを吸わなくてはならない。インフルエンザは辛い。しかし新薬というのも辛いものだ。

会社は人であるか、物であるか-雇用問題を考える。

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派遣社員切りの話題が巷を賑わしている。メディアでは、大企業は内部留保が十分にあるのに雇用を救わないと共産党が糾弾し、また一方で大企業も瀬戸際であって、規制が強くなるなら雇用は海外へ流失するという「日本空洞化」論を唱え始める。
一昨年だったか、東京大学経済学部教授である岩井克人氏の講演を聞いたことがある。
現在、未曾有の金融危機であるという最中に、彼が『会社は法人であるというが、その法人のなかの「人」は何を意味するものだろう』言っていたことが頭をよぎった。
 岩井教授の説明では、会社は物であり、同時に人なのだという。株式会社である場合、持ち主は株主であるが、株主だからと言って会社を言いなりにはできない。つまり人であるからだ。株主であっても、会社の所有物=自分のものではない。会社は「人」として存在しているし、そのなかに働いている「人」も自由になる存在ではない。つまりは永遠に二重性があり、ある時は「物」として扱われ、ある時は「人」となる。昨今のグローバル化は、会社の「物」としての側面を強調してきた。株主=マネー至上主義が横行し、同時に「人」が忘れられていった。が、金融が危機に瀕死してスポットライトが弱まると、とたんに忘れていた暗闇から「人」の側面がたち現れた。今はちょうどその「時」である。
 資本主義経済の本質は、(経済と言ってもいいが)「信用」を売って成立している。貨幣も、会社も、商品も(特に金融商品は)、「信用」の賜物である。
 
そういう視点で今回の騒動を考えるならば、安定のない雇用は、会社の「人」としての「信用」を失墜させることに他ならない。すなわち直ちに安定雇用を叫ぶ人も多い。しかし一方で、派遣・契約のような雇用形態を望む者も少なくないという事実がある。派遣社員、契約社員であるから故に、いままでは学歴・経験等さまざまな要因で体験できなかった職域での仕事が経験できたり、また生活の自由度と給与のバランスに魅力を感じていたのだ。
ある意味、そういう派遣社員の人々も、会社を「物」と考えていたのであり、弱者=救済という短絡的なそして痴呆的な意見をメディアで振りかざしている姿は聞くに値しない。自分がどういう「人」として生きていくべきか、どうすれば「信用」されるかという根本的な問題を無視し、お寒い限りである。
グローバル経済を標榜し、マスコミ・政治家・一般の人々も「物」説に酔いしれたのではないだろうか。世界経済の好調に乗って回復した日本経済のなか、皆が反対を明確に唱えることもなく、「物」化することを助長していたのではないだろうか。ホリエモン、ファンド、ネット個人投資家の台頭、すべてがその流れから生まれた。しかし僕はすなわち「物」化が悪いことだとは思わない。非常に腹立たしいのは、風向きが変わるとすぐ転向するという、終戦直後も同様日本の悪癖である。
 物は何も言わない。恐ろしく、限りなく透明な存在なのである。「物」は常にそれを使う人の心を反映するに過ぎない。

日本企業の技術力。求められる発想の転換。

米研究機関、合計16台のPS3でスーパーコンピューターを構築したという『研究グループは合計16台のPS3を安価なギガビットハブを使って接続。その上でこれらのPS3にOpen MPIをインストールすることで、HPCクラスタを構築することに成功したそうだ。(中略)16台のPS3クラスタのパフォーマンスは40GFLOPSにも』ということである。なによりも素晴らしいのは、安価でスーパーコンピューターを構築できることにある。一台4万円としても、ブラックホールの解析に利用できる機能が、僅か64万円にしかならない。
このような発想ができるのが、アメリカの知力の凄みである。日本だと、予算に応じて官僚的な思考で用意していくのが常だからだ。日本全般、『予算をいかに獲得し、消化していくか』という官僚的思考から脱却する勇気があるならば、不況のさなかではあるけれど、日本の力は十分に発揮できる。
地方自治体も企業も学校も、すべての日本人が早晩に官僚的な組織機構を真似る方向から脱却し、組織のストレッチングをしていくべきだろう。規制や保護という官僚主義の強化を図るなら、まるで拘束衣を着させられるようなもので、健康な肉体も次第に病んでいってしまうに違いない。
来年こそより自由に、柔軟に。<tokyotaros>
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ニートという人々と日本社会の今後

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このたびニートの職業訓練を法制化するという話がある。
2ちゃんねる等を見ていると、さっそくこの新法に関するコメントが多数投稿され、端的にニートと称する人々の意見を集約してみるならば、『仕事があるなら失業者に与えてあげるべきであり、自分たちは食べていられるのだからほっておいてほしい』という話である。もちろんニートの人々は、多分親のスネをかじったり、または遺産等十分にある人々なのだろう。
ちょうど加藤周一氏の1960−70年代の評論を読んでいるのだけれども、その当時の左翼の若者、またはヒッピーのような若者たちは、中流階級の典型的な生活に失望したのだと書いている。中国が転向し、ソビエトが崩壊した現在から眺めてみると、このアメリカ型資本主義が謳歌している実情からは、ファンタジーに聴こえる。(現在はリセッションとなっているが)彼らが失望した中流階級的な生活とは何であろう。蓋し、給与生活者、または中小企業を商い、テレビ、洗濯機、冷蔵庫等の家電が配備された家に居住し、スーパーマーケットで生活物資を購入し、消費する生活である。現在、中国、ロシアであっても、その生活を否定する者などいない。それを当時はプチブル的な態度と批判した。つまりは資本家でもないのに、資本家に同調していると。
リセッションに突入し、アメリカ経済も危ういと、世間は蜂が暴れ回るように騒いでいる。日本は対岸の火事だと思っていた人も多かったので、尚更焦っている。そして官僚や左翼崩れの人たちが、その期に乗じて金をかっさらおうと算段している。今朝もTVでは高橋是清の言葉を引用し、民主党も自民党の政治家も、巨大利権の復権=大きな政府を担ぎだそうと語っていた。アメリカのGDPは今後落ちると行っても、世界の第二位である日本の2倍は割らない。安保反対の癖にアメリカで稼ぎ、アメリカが没落するとなると既得権益の確保に走る。かつて在野に散った左翼の残党(役人、代議士)は国の根幹を考えず、自らの正当化に走る。郵政省を復活しようという、弱者の庇護を隠れ蓑にした下郎も絶えない。
若者に自分の生き方の正しさを背負わせたり、心配している振りをして弱者を食い物にしたりするべきではない。人生に失敗すれば路頭に迷い、成功すればそのまま安泰である。別に誰も助けることはなく、日本が右肩上がりに成長していく必要もない。
幸福はGDPの成長と比例しない。つまり金とは比例しない。もし生きていくことができない人がいるならば、助けるのはリアルな人であり、殺すのもリアルな人である。どうしてシステムが救う必要があるのだろう。彼らは助けなど求めていないし、税金をかけて助ける必要もない。彼らは十分にブルジョアであり、死のうと死ぬまいとそれも本人の問題だ。残念ながら人生の宿命は、自らが負うしかない。誰もニートであれと強いてはいない。
なぜ助ける振りをして権益を生み出すのか、そして人から金(税)を奪うのか。民主主義と自由主義の原則に立ち戻り、小さな政府への道はやめるべきではない。
 
政府主導の職業訓練は、希望するニートに制度として設けるオプションは可能だろうが、現在の案のように、政府が人を派遣して実情を把握し、促して社会参加させるというのは現実的に無理だろう。効率を考え、国家主導で矯正する案だとしたら、徴兵制また準ずる国家労働奉仕が妥当だと傾く他はない。

冬の東京タワーを眺める。『50』のライトアップ。

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六本木ヒルズのけやき坂に架かる橋から眺めると、東京タワーがちょうど遠望できる。今年は50周年らしく、様々なライトアップとともに、50の数字が窓に示されている。
2011年の地上波デジタルとともに、東京タワーはテレビ塔としての主役の座を降り、台東区にできる新タワーに役目を譲るそうだ。しかしケータイの発信塔としての機能等はそのまま残るので、取り壊されてしまうわけではない。
名古屋にも、札幌にもテレビ塔はあって、そこも観光地となっている。1958年当時、20歳だった若者も、もはや古希(70歳)となり、インターネットでNHKもVODを実施した2008年、TVの時代は翳りを迎えている。1950年代の黄金期だった映画界(東宝、東映、日活等)と同じく、権勢をほこるテレビ業界も歴史になっていくのだろう。
僕は学生の頃(1990年頃)、東京タワーの特別ラジオ番組をつくる仕事に関わったことがある。放送作家の下請けの下請けみたいな仕事だったけど、『東京タワー』みたいなモノを売り込むっていう仕事があるのだとはじめて知ったのは収穫だった。
もちろん今も広告代理店とかが、東京タワーを売り込んでいるし、そのおかげで無償で綺麗なタワーの姿を眺めることができるのは、東京都民と観光客にとってはあり難いことだ。皆に愛されている限り、100周年を迎えるかもしれない。
そのうちかっては「テレビ」という電波を流していた塔なんだよと、今の若者が孫に語る時代が来るのだろうか。

自動車産業を失った米国経済はどういう道へ向かうのだろうか。

[ワシントン 11日 ロイター] 米上院は11日夜、自動車メーカー3社(ビッグスリー)救済法案について、妥協案で合意に達せず、事実上、年内の議会での救済法案をめぐる協議は打ち切りとなった。自動車メーカー救済法案は、上院での採決に持ち込むための審議打ち切り動議に十分な支持を得ることができず廃案となった。
自動車産業を失った米国経済はどういう道へ向かうのだろうか。
産業革命以来、資本の集中により発展して来た20世紀型の資本主義を牽引した産業構造が音を立てて崩れていく現場である。ビックスリーはなくなっても1社は残るだろうが、かつて英国が失った製造業を、追従するように米国は失っている。タバコ、自動車というアメリカを代表する産業が疲弊していく姿を見ると、かつてアメリカ文化に羨望の目を向けていた私たちは、大きな時代の転換を痛感する。<tokyotaro>

ムンバイにおけるテロ行為と経済的な繁栄

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ムンバイで大規模なテロが発生(ロイター写真)したという知らせを受けたのは早朝だった。都市の半分がスラム街である金融都市に衝撃が走ったのは、そのテロの発生した場所が、オベロイ、タージ等の超高級ホテルであり、しかも占拠および銃撃等、テロというよりも市街戦の様相を呈しているからだろう。
見出しの写真はオベロイ・ホテルのロビーであるけれど、ムンバイのスラム街との対比を見ると、凄まじい格差だった。普通の中流階級の月給が約2万円の国で、一泊6万円以上するのである。日本の感覚ならば、一泊80-100万円以上の部屋しかないホテルと言ってもいい。そこにいるのはインドの富裕層と、欧米人(+日本人)である。
格差が急拡大しているという理由がそこにある。カースト制度という旧来の階級社会に、高度資本主義のもたらした経済格差が渦巻いているのだ。インドの成長は、2003年からこの5年間に急拡大したものであり、そこから実質GDPにて年7-9%超の成長を遂げているのである。ちなみに、アメリカでは人口の2割が、8割の富を独占しているそうだが、インドでは5%の人口がほぼ大部分を独占している。(人口は約11億人)その他の人は、すべて年収40万円以下である。
蓋し、富の配分の問題及び宗教の問題が絡まり、社会不安が増長している。文化と経済の発展は、常に破壊と犠牲を伴う。インドには現在、日本における昭和20-30年代の左翼運動時と同様のエネルギーの高まりが満ちているのだ。
インドのその先には輝かしい未来があると僕は思うが、それは彼らが貧困と富の分配の問題をどう克服するかにかかっているだろう。

『生活支援定額給付金』という愚行

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愚かな…余りにも愚かな政策。
ひどい話である。
二兆円もの財源を、千百兆程度の財政赤字があるにも関わらず、血税を自分たちの選挙のためにばら撒こうとする自民党・公明党の姿勢を許すことはできない。
高齢化及び医療の現場での困窮をしるならば、そういうところに財源を投入するべきであるし、雇用を安定化させるためならば、ニート及びフリーターとして職業訓練の機会を逸した人々の救済に投入する方が、どれだけ長期的な国益になるだろう。
無策の極みであり、国民を愚弄している。
上から目線で池の鯉に餌をやらんばかりの態度だ。
こんな国民を愚弄する内閣は、早晩消え去るべきだと痛感する。