想像力を失っていく文化人、あるいは幼児化する倫理観

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テレビのニュース関連番組を傍観していると気になることが多い。
古館氏の報道ステーションでの痴呆的なコメントにも驚くことはさておき、現在のテレビにおけるニュースが速報性という観点からネットに後塵を拝している状況は明らかであり、テレビの報道番組の役割は、詳細の取材また知者の見識を発揮することがより求められている。
幼稚園児への教育だったら、『悪いことは悪い、良いことと良い』と、明解な二元論で語らなくてはならない。しかし大人の視聴者に語るにして、現状のTVは余りにも二元論的に語りすぎる。事件が起きた、悪辣な犯罪だ、だから犯人は死刑だとか、子供が事故で死んだ、だから自動車は悪いとか、感情に訴えるだけで事柄の本質に届かない意見を放送で垂れ流している。
法を犯したことは悪い。そこまでは分かるが、法を犯さざる得ない状況はなんであるのかを、しっかりと見ていくべきである。『格差社会』しかり、そのマジックワードを唱えることで、すべてをまとめようとする安直な姿勢こそが批判されるべきである。
弁護士であったり、有識者という方々の意見に、(なかには慧眼の持ち主もいるが)想像力が欠如し、自分の目線からしか物事を判断しない人が多く、そういう想像力・感情の欠落した意見が放送されることに恐怖を感じる。
家出少女がやくざに軟禁され春を売らされた事件に対し、「親がしっかりするべき」だとかのたまり、しっかりできる親がいない子供の環境が分からず、物を盗まざる得ない心、博打にはまってしまう心の在りようそのものを否定する。さまざまな人の生き様と心の在りようは、二元論で悪いと断罪するはことできない。私たちは、そういうことは良くないと断罪するのではなく、どうしてそうなるのかを想像していかなくては、問題の核に至らない。それこそ格差社会を導き、『貧困層の固定化』になってしまう。
僕はTV局にいるような人間が『格差はいかがなものか』などと、あたかも庶民の痛みを分かっている振りをするのは、笑止千万だと思う。どうであっても恵まれた立場にいる人と、そうではでない人がいる。だからこそ、知識層といわれる人たちこそ、高等教育を親の庇護のもとに受けた人々であるのだから、犯罪を犯すような弱者に対しては、より想像力を働かせなくてはならないし、『正しいことは正しい』という幼稚な意見に終始してばかりではどうかと思う。
二元論は分かりやすい。だからといって、複雑な世の中をシンプルに断罪するという無理を通してはならない。

富士F1GP・雨そして運営の未熟さ

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日曜日は雨の予報となり、小雨の振る東京を午前七時に出発し御殿場にある富士スピードウェイに向かう。
ツアーでの参加であったので、チャーターバスで現地へ到着する。今回はパークアンドライド方式が徹底されているので、一般車両の走行はできないように交通がコントロールされていた。通常池袋から御殿場までは一時間半程度の距離であったので、約二時間程度で到着できたのは、名古屋から鈴鹿に向かうことを考えても悪くはなかった。パークアンドライドが効果的なのだろうと思った。
雨がやがて激しくなり、サーキットの駐車場からグランドスタンドへ向かう道は過酷だった。しかしこれも未だ序の口だったと後で知る。
ちょうどパドックを挟んでバス駐車場の位置は反対だったのだが、センターを抜けるトンネルを運営上封鎖していたので、第一コーナーから迂回するように係員に指示を受ける。
約一キロ半程度を歩き、ようやくグランドスタンドへ。
が、雨が本降りになる。雨をよける場所を探したが、広場でのプロモーションスペースを見渡しても、まったくそういう場所がない。鈴鹿サーキットであったら、フードコート等あるのだが、白テントで食事の販売をし、そこに人が殺到する。牛丼が発泡スチロール入りで千円。しかも二畳程度のスペースに十人近くが混雑し、雨を避けて飯を食う。少しでも屋根の延長を伸ばすか、フードコートとして使用できるキャノピー(大型の屋根)または施設を用意するべきではないだろうか。トヨタのような企業が資本を出し、鳴り物入りで運営した会場とは到底思うことができない。
トイレは男で三十分待ちの行列、しかもグランドスタンドでは難民化した観客が雨を避け、歩くスペースもない。しかもまだレースまで二時間前だった。
F1のレースも雨のせいでペースカースタートで始まる。F1は悪天候でも開始されるので仕方ないと思うが、十周近く大雨のなかパレードのようだった。しかも観客は雨に打ちひしがれ、僕は入れなかったトイレに向かう。しかしレース中にも関らず、トイレは行列。他のF1会場ではあり得ない光景だった。
レースは時速150km程度の平均速度だったので、通常のレースとは音も迫力も見劣りした。しかしこれは天候の問題なので仕方ない。ハミルトンが優勝。面識のあるコバライネンが二位だったのは嬉しかった。
レース終了後、バスへと歩く。やはり大雨のなかを歩く。泥濘、警備員の指示の不徹底、道を訊いても要領を得ない。またトイレはより凄まじい行列。そしてバスへたどり着くまで、席から一時間。
その後濡れた衣服、靴を乾かしながらバスで熟睡。が、午後七時半に起きてもバスは、10mも進んでいない。バスの乗客は二時間半経ち、それぞれがトイレに降り始める。その時、シャトルバスで駐車場へ向かっていた、会場での仕事で来ている友人に電話をすると、二時間半雨のなかバスを待っている最中だという。むしろ自分たちはツアーで幸いだったと痛感する。外に降りると、バスは微動もせず渋滞、大雨、泥濘、水溜り。ようやくバスがサーキットのゲートを出られたのは、搭乗から三時間半後だった。確かに鈴鹿の駐車場も同じくらい待つかもしれない。しかし普通車がない状況で、しかもシャトルバスは外に並んでいるのに、ここまでとは驚く。
僕もF1の仕事で海外を周ったりしていたが、なかなかひどい有様を見た気がする。やはりトランスポートが制限されているが、そのコントロールに不備があると思う。勿論、F1は世界中でパニックになるくらい人が集う。それは当然だ。しかし、海外のようにキャンピングカーが近くに泊められるわけでもなく、また自動車でさまざまなアイテムを運べない状況である。雨、そしてキャノピーもないスタンド周辺、言うまでもなくバス停にも屋根はない。
鈴鹿、もてぎを運営するホンダには一日の長がある。サーキットランドも、ホテルもある。少なくとも、大型倉庫のような簡素な建物でいいので、イベント時にはガス、電気、排水ができる設備を準備して欲しいと、世界のトヨタさんに願うばかりである。
最後に知人がシャトルバスに乗れたのは、雨のなか四時間半が過ぎた頃だったそうだ。
<tokyotaro>

Damian Hearstの髑髏、アートの現在

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ダミアン・ハーストの新作が話題になって久しい。髑髏にダイアをちりばめた作品は、すでに百億円以上の価格であり、それもリアルな髑髏一面にダイアモンドを惜しげもなく使って作られているのだから、非常に分かりやすく価格を正当化できる。
21世紀になり、現在年間5%を超える世界経済の膨大な拡張のなかで、1990年代の約6倍以上のお金が世界を駆け巡っているという。そこで誕生したのは、オイルマネーの大富豪ばかりでなく、その投資サービスを行う金融関係者であったり、新興国の事業家であったりする。彼らが自分たちを証明=現在のエスタブリッシュメントとして存在するために使う莫大な金が、アートマーケット、服飾品業界等、さまざまな奢侈産業に流れ込んだ。
顔のない金は、あたかもリアルな顔を持つ人になりたがり、新しい仮面を必要とする。もはや、アートマーケットも知性の台頭する領域でもなく、精神性が尊重される場ではなくなった。つまり、1億円の金でできた椅子だとか、PR目的で作られる話題性を創出するための”商品”と等価になったのである。大学の講師で、作家でもある椿氏の話では、現在のアートマーケットでは、「分かりやすさ」が大事であり、新しい作家を探して(新規商品確保のために)ギャラリー経営者たちは奔走しているそうだ。濡れ手に粟の状況、つまりバブルということだ。
古来、金は聖なるものだった。ギリシアの寺院には、貴金属、穀物が集められ、それを原資に”銀行”が誕生したという。無論その金が巨大な寺院建築も生み出し、世界の美術品は聖なる金が、新しい仮面=顔を生み出してきたのが人の歴史である。
その顔が、”アニメ風絵画”であったり、鮫の樹脂漬けであったり、この髑髏であるのが現在の社会である。アートは自由になったという人が多いが、表現されたものがすべてアートであるわけではない。しかし、現在そうでないと言い切れるものは誰もいない。行き場を失った金は暴走し、世界の秩序を破壊している。壮大なトランザクションが生み出すのは、蓋し欲望の平準化である。
ノアの洪水で流される民と同じく、世界の生活・文化が暴走する金に破壊されつつある。その破壊の果てに生み出される顔は、果して人の顔をしているのだろうか。

ダイ・ハードな国、インドへ行く。

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訳があって昨日まで、僕はインドに一週間滞在していた。
インドという不可思議な国について書くのは難しい。バックパッカーであるとか、辺境の土地を旅することが好きでもなく、衛生的で洒落たところを嗜好する僕にとって、勘弁して欲しい土地のひとつだった。世間ではヨガだとか、アーユルベーダだとかインドはトレンドの口に上る。またBRICSの成長も著しい。確かにインドは大進歩しているらしく、現地の邦人の話では、五年前とは大違いだそうだ。しかし一方では、まったく変わらないという人もいる。
僕はバンガロール、デリーを巡っただけであるけれど、もしヴォーグ誌の特集などでイメージしたとしたら、失望と幻滅を味わうだろう。現在インドには千人近い日本人が居住し、日本製品の普及のためにまい進しているそうだ。インドではスズキが自動車産業の半分近いシェアを取っているそうだし、日本との関係は浅くない。しかし彼らも口をそろえてインドの生活はハードだという。
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まず町中がスパイスの匂いに満ち、自動車のクラクションが途切れることがなく、人の命が草木のように軽いという現実。ミートホープの偽装だとか、中国の野菜がどうとか神経質に騒ぐわが国とは、180度違う国である。牛糞が街路に落ちているし、崩れそうなバラックが店であり、その場で屠って鶏を売り、数千の蝿が舞っている。
そして建築物は、日本だと耐震偽装がどうとか騒ぐ以前の話で、鉄骨どころか、日干し煉瓦を積み上げただけのようでもあり、高級な家にも隙間があったりと、まあホントに凄まじい。
そもそもタイのサムイ島であるとか、二十年以上前のバリ島も知っていたので、まあその延長だと思っていた自分の甘さを痛感した。インドはそういうスケールではなかった。
勿論、デリーにも、バンガロールにも素晴らしい建築もあるし、食事は美味しいし、日本にないような豪華な病院、ホテルも存在する。しかし素晴らしいプールの水を口に含めば、下痢になるかも知れないし、カレーのスパイスも数日で日本人の胃腸を破壊する。そしてうだるような暑さと埃。
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高級なホテルに泊まり、ミネラルウォーターで歯磨きをし、神経質なほど気を使っていたにもかかわらず、結局僕も凄まじい下痢になってしまい、一晩眠れなかった。カラダの水分を搾り取られるような下痢だった。しかしスポーツ飲料もなく、おかゆもなく、インドにはカレーか水しかない。
が、不思議なことだけれども、、下痢になって朦朧としてからの方がインドの景色が自然に見えてきた。人の動きも、牛の歩みも、喧騒もナチュラルに受け入れている自分を発見した。ある人の話によると、インド人も下痢をするらしい。別に日本人だからという訳でもないそうだ。
下痢はインドの洗礼なのだろうか。そう思いながら、断食のまま僕は飛行機で日本へ戻ってきた。

サン・クレメンテから来たロングボード

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いつも愛用しているハップ・ジェイコブスのノーズライダーからちょっと浮気し、サンディエゴ在住のクリス・クリステンソンがシェイプしたロングボードを買った。サン・クレメンテにあるショップにオーダーし、何度かメールをやりとりして到着日時を確定させ、成田空港へとシップしてもらった。個人輸入のやり取りは煩雑だったけれども、なかなか東京で探しても良いボードが見つからずにさ迷っていたので、リーズナブルな解決方法だった。確かに、ドルのレートも安くなく、また世界的にボードが値上がりしているので、東京のショップで買う方がトータルのリスクは少ない。壊れていることもあるかも知れないし、きちんと英語でコミュニケーションしないと不満足に終わることも少なくないと思う。勿論実際に現地で買うのが一番だけど…。
前回オーダーした時は、現地に頼んでから通関業者に頼んで配送してもらったのだけど、今回は成田空港に自分で通関作業をしてみることにした。主な理由は、ボード代とすべての通関業務を委託すると、価格的なメリットがほとんどなくなってしまいそうだからだが、あとは興味もあってやってみた。
パスポートと印鑑をもって成田空港の貨物エリアに行き、入場の許可証を申請する。そこで現地からのシップメントの業者からの書類を受け取り、そこから税関に行って手続きをし、税金関連の支払いと査察をしてもらう。巨大なX線の装置までフォークリフトがロングボードを運んで来てから、税務官と一緒に査察に立ち会う。麻薬犬が数頭荷物を臭いを嗅ぎながら歩き回り、その横では中国から来た荷物がいくつも開封させられている。僕のボードもここで開封しなくてはならないのかなと、3m近い巨大なダンボールを僕は眺めた。
しかし問題なくサーフボードがモニターに写し出され、僕は許可印をもらうことができた。その書面を持ってUAの倉庫へと向かった。引き取りは一度税関から倉庫へ行かなければならないのだけど、巨大なトラックが溢れるカーゴエリアに入るにはまた許可証が必要。やれやれと、煩雑な手続きを我慢し、倉庫へ向かう。
結果、自分でやったことで38千円かかるところが、すべてのコストを考えても、20千円くらい安く済んだ。
内訳は消費税6200円、検査代2000円、保険代3000円、空港使用料2800円。 あとはガソリン代と高速代。時間は約2時間強かかった。
それから鹿島の平井海岸に向った。
平井海岸は平日というのに大宮、習志野等から来る自動車が二十台ほどは集まっていた。新品のボードにワックスを塗る。ゆっくり、焦らないように。
波は腰くらいだったけれども、外洋の波の力は、いつもの湘南とは違う。3mmフルだったけど、まだ海は冷たかった。セットで来る波に乗ると、普段のハップ・ジェイコブスのボードより短いので、取り回しがスムースだった。ピンテールのせいなのだろうか。特に波のトップでレールが食い込むので、ノーズでの安定度が増している。
このボードなら性格も被らないから、当分楽しめる愛用のボードになりそうだ。
そう思いながら、僕はインサイドからまたアウトサイドへとパドルアウトした。

ハワイを巡る私の記憶

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三月の半ば後輩の結婚式でハワイに滞在していた。今回ハワイ(オワフ島)に来るのは二度目で、どちらも他人に強いられて訪れたのだった。僕は苦い過去の記憶から、無意識にハワイを遠ざけていた。
義理の祖父が日系人で、その祖父との関係が私とハワイを隔てさせる壁となっていたのだ。それを今回の島に滞在したことでちゃんと理解し、意識できたと思う。それはとても大事な収穫だった。
結婚式の前に島に入り、毎日ワイキキの沖合いでサーフィンをしていた。島の山々には雲が広がり、時折天気雨が降り、海面で銀色の跳ねる雨粒となった。波待ちをしている僕らは幻想の世界にいるかのようだ。未だ寒い東京からここに来ると、世界中の人々が波待ちをしている。白人、日系人、インド人、そしてハワイアン。太ったアメリカ人のカップル、ビキニを着た留学生の日本人、痩せたアメリカ人。サーファーではなく、テンポラリーサーファーたちが溢れている。その光景は、日本で波待ちをしている時に感じる感覚とは、根源的に違う何かがあった。金色に輝くダイアモンドヘッドを沖合いから眺めていると、ワイキキビーチの高層ホテル群との存在のコントラストに軽いめまいを覚える。土地の力が軽々と資本主義のシステムを飲み込んでしまうような、自然の力に底知れぬ恐ろしさを感じたのかもしれない。海の上まで広がるリゾートカルチャは、とても底深い自然の力に晒されている脆弱な存在だった。そのことを僕は痛感し、ライトな無常観に至った。
結婚式は、後輩のニューヨークから来た旧友たちと、日本から来た友人たちが集う愛情深いものだった。各々のスピーチにて、複雑な家庭環境・人生の岐路のなか、とても心温まる交流があったのだと知ると、感涙せずにはいられなかった。僕は彼のいままで一面しか知らなかったのだ。
ロータス・エリーゼをレンタルし、僕は海岸沿いの道をパールハーバーから、ワイメア、ハナウマベイへと走った。軽やかに駆けるスポーツカーでハワイの空気を満喫し、初めてハナウマベイを見た。
そこは自然保護の徹底されたビーチで、素晴らしい景観だった。しかし僕はここへ来たことだけで十分な意味があった。僕はハワイをいままで嫌っていたし、また義理の祖父の筆名の元になったというこの地については、素晴らしい土地だと人にいわれる度に、心の底で拒んでいたものがあった。
複雑な家庭環境は、僕の幼少期にもあった。父と義理の祖父の関係、また祖母と義理の祖父の関係等。さまざまな視点からその人物・家族像が断片化されて語られる物語、そのひとつが僕の記憶に強い影響を及ぼしてきた。いままでは、その断片が僕の人生に大きな影を落としているのだと、自分では思っていた。
しかしそうではなかった。僕は義理の祖父に直接言われた一言に、そこから起こった一連の出来事と紐付けて記憶を操作していたのだった。『もうお前の祖父ではない』と言われ、そこからすべてが失われたと自分は思い込んでいたのだ。
ノーベル賞脳科学者の ジェラルド M. エーデルマン氏は、人の意識は、脳の外部的な近くからの情報と、記憶の情報が複雑にフィードバックを繰り返し、発生する脳現象から生まれた何か(彼は脳の機能運動をCとし、意識をC´と仮説している)
つまり意識は、外部の入力と、内部の入力(記憶)が混在した状態に過ぎないのだと書いている。
二歳の時に入力された記憶と、繰りかえし形成された人からの物語が混在していびつな意識を生み出していた。しかし今回ゆっくりとハワイの土地に触れたことで、別の意識が芽生えたらしい。
ここに書くにはとても長い話になるので、今日はここまでにしたいと思う。
tokyotaro

ホワイトカラー・エグゼンプションは復活するのか?

エゴイスティックな人々たちが、矢鱈日本には蔓延っているなと痛感するこの頃だ。
近年日本を瓦解させようと企んでいる法律が多いと思う。なかでも恐ろしい悪法だと私は思うのは、ホワイトカラー・エグゼンプションだ。サラリーマンの評価を、時間から成果へと変革させる法律として立法し、ワーキングスタイルからの自由な社会を実現するのだという。本当に笑止千万だ。
いったい日本の社会においては、真っ当な近代人もしっかり確立していないというのに、そんな自由な個人として会社と対峙する人格があるとは到底考えられない。
TV等でも有名な財部 誠一氏は、以下のようなコメントをYahooニュースに残している。
そもそも人間には、それぞれペースがあり、生きるスタイルがある。だが宮仕えをする以上は、組織に自分を合わせることが強要される。無理が過ぎれば、仕事の効率が落ちるばかりか、精神的にも追い込まれる。
 私は20年以上、職業として原稿を書いてきて、つくづく思うことがある。それは人間の脳は24時間、均一なレベルを維持することができないということだ。脳も疲れる。疲労がたまれば、効率が落ちる。そもそも私の脳は朝型で、午前中でなければ良い原稿が書けないという強迫観念すらあるほどだ。だから私は夜中には原稿は書かないし、徹夜もしない。どうしても〆切に間に合わないようなら、3時間でも4時間でも一度寝てしまう。そして朝早く起きて、それからまた書く。逆に、午後3時前後に私の脳の活動はもっとも停滞するので、できるときは20~30分の仮眠をとる。そういうスタイルを私は20年以上、続けてきた。
<中略>
 これからはサラリーマンもそういう生き方をすべきではないだろうか。どんなに忙しくても、自分のペースとスタイルを守ってさえいれば、少なくとも精神を病むような事態には至らないないだろう。それよりもなによりも、作業効率は格段に上がるはずだ。ホワイトカラー・エグゼンプションはまさに、この点において大きな役割を果たしうると私は考えている。その是非を、「カネ」の議論に終始せず、サラリーマンの「生き方」という視点から考え直してみる必要があるのではないだろうか。

そもそも彼のように高い能力もあり、自己管理で生活できる人は稀である。
確かに経営する立場からは、経営のリスクとなる人的資源の固定化及び高コスト化を改善したいのは当然である。だが法の理念の根拠がまるでファンタジーでは、労働者は納得できない。どこの会社に、自分が自由に選べる仕事があるのだろうか。そして利益部門が無限にある会社があるのだろうか。まるで空飛ぶ絨毯があったら、飛行機はいらないというようなものである。
時間も、労働内容も恣意的に決められ、また経営戦略の意識が乏しい日本企業に導入された際には、社内政治の強化=会社内のいじめが多発化するだろう。現実的には、企業内に適正な評価をする基準など、明確にないのである。だから長時間働きたくて働く人はいないのだから、それが本人の責任だと問うなど不可能である。
起業家であるとか、文化評論家という人間たちは、サラリーマンの現実を知らない。また日本の文化的な土壌に個人主義は育ちにくいことも分かっているのだろうか。
蓋し政府が外国政府の傀儡であったなら、買収しやすいように下草を刈るのも無理はないが。
tokyotaro

断片。月に落下していく隕石の姿。

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諸行無常の響きあり。
無常観を感じる映像<イメージ>だった。
21世紀になっての映像技術とメディアの整備によって、いままで観たことがないものが見れるようになった。NASAが提供している月に衝突する隕石の映像も、そのひとつである。
月は深くわたしたちの生活に関わっている星である。今日は大潮だなとか、小潮だなと、私はサーフィンをするようになってからとても月の存在を強く感じるようになった。月は毎日の潮だけでなく、28日周期でわたしたちにさまざまな影響を及ぼしている。でもそれは地球→月の視線であって、人の観念でしかない。月は観念を超越して存在しているという真実を、いまさらながらに痛感する。
その映像の断片は、とても痛烈な批評のようだ。幾千年の歴史も一時の幻か。人生の儚さを覗き見るような心地がするのは、蓋し私だけではない。
<tokyotaro>

ソフィア・コッポラ:『マリー・アントワネット』を観る。

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 ソフィア・コッポラの作品は、とてもハイクラス・セレブリティな感性に溢れている。
  『ロスト・イン・トランスレーション』におけるS・ヨハンソンのコケテッシュなオヤジ殺しの魅力溢れる感性も素晴らしく、女の子が一番輝く瞬間をとてもよく知り抜いていると思う。そういう感性を、若い女の子が学ぶのはとても大切であるし、いままで表現の空白地でもあっただろう現代のファッショナブルな女の子の感覚的風俗を体現している稀有な作家であることは間違いない。
 その点、最近活躍している日本の女性監督は少し偏っているし、まったくセレブ性は低い。ファッショナブルな女の子が憧れる感性とは違って、哀愁がある。(貧しい…新興劇団のトーンマナーだ)
 そういう意味では、『マリーアントワネット』は成功している。アメリカの少女は、これを観てフランスと歴史に興味を抱くと思うし、フランスPR映画としては最良の部類である。セレブリティの日常生活のように、主人公のライフスタイルを体感できるフィルムだ。しかし、確かにキルスティン・ダンストの魅力はあるけれど、それがフランス革命の断頭台に消えたマリーアントワネットと思うことは最後までできなかった。
まるでタイムスリップしたヤンキー娘がフランスの王妃になったら??という、少しお馬鹿映画の雰囲気すら漂ってしまう。それでも舞台は本物(ヴェルサイユ宮殿)だから、そこは目で楽しめるけれど。
 発想は面白いけど、何が言いたいのかとオヤジは腹が立つだろう。若い女の子に自分の大事なことを伝えたいと思っても、なかなか伝わらないときのような苛立ちがそこにある。
 まあオヤジは観ないほうが身のためだと痛感した映画でした。
※サウンドトラックはとても素晴らしい。いつも音楽のセンスはさすがです。
 
 tokyotaro

イエロー・マジック・オーケストラ「RYDEEN 79/07」を聴く。そして思い出す日々。

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 キリンラガーのCMは僕らの世代のツボを巧くついてきた。イエロー・マジック・オーケストラ「RYDEEN 79/07」を聴くと、もう二十七年も昔の話なのだと感慨深くなる。憧れだったYMOも年をとったなと思うと同時、アレンジされることで古くならないメロディに驚嘆する。
 アジア的電子時代の夜明けを予感させる衝撃的なデビューは、まだ小学生だった僕もよく覚えている。
「コンピューター楽器だけで演奏する変わった日本のバンドが海外で反響を呼んでいるそうだよ」と音楽関係者の小父さんが言い、父が「富田さんが先駆者だよ」とか話していたのが懐かしい。
 
 中学に入ると、そこは小学生の頃考えられないほど自由な場所だった。先輩がカセットデッキをプールサイドの屋上で鳴らしながら、サンオイルをぬって日光浴をしていた。中学生なのに、『YMOはなかなかいい』とか生意気なことを言い、また突然アンプとギターを持った先輩が、屋上でライブを始めたりしていた中高生活。初期のウォークマンを聞きながら、街を歩いてプラスチックスを聞き、立花ハジメかっこいいなとか、シーナ&ロケッツの鮎川誠に憧れ、歯でギター弾くぜとか嘯く友人を馬鹿にして喧嘩したり、渋谷のレゲエ小屋を回ったり、中学生のくせに下北沢でタバコをふかし、カクテルを飲んだりした日々を思い出す。現在の管理社会とは到底異なる、自由な環境だった。そして社会は寛容だった。それはその頃の大人たちが戦争や戦後の混乱を生き抜き、本当の生の現場を体感していたからだと思う。
 先日偶然母校を訪ねると、当時の校舎が失われ、セキュリティを完備した建築に変貌していた。もはや当時の光景は喪失していた。そして僕の追憶も、荒れたノイズのなかに消えてしまうような心地がした。
 YMOを聴くと、その当時の自由を思い出す。バリケード封鎖をしていた頃の残像が残り、教師がデモをしていた時代、反体制は美学だった。
 そういう時代への郷愁はオウムの事件で抹殺され、911で決定的となった。それでも、くだらないセキュリティへの幻想より、もう一度自由の世界に回帰したい。現代の人たちは、そんなに失うのが怖いのだろうかと思うと同時に、多分僕も変わったのだろうと自問する。
 異常に潔癖な社会、セキュアな管理社会。これって1984当時、ジョージ・オーウェルが盛んに議論され、とうとう来なかった管理社会が、二十年以上遅れて到来したということなのだろうか。そんな透明性なんていらない、不透明な悪にまみれて生きたいと、子供に回帰して当時を思うたび涙が出てしまうのはなぜだろう。tokyotaro