ソフィア・コッポラ:『マリー・アントワネット』を観る。

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 ソフィア・コッポラの作品は、とてもハイクラス・セレブリティな感性に溢れている。
  『ロスト・イン・トランスレーション』におけるS・ヨハンソンのコケテッシュなオヤジ殺しの魅力溢れる感性も素晴らしく、女の子が一番輝く瞬間をとてもよく知り抜いていると思う。そういう感性を、若い女の子が学ぶのはとても大切であるし、いままで表現の空白地でもあっただろう現代のファッショナブルな女の子の感覚的風俗を体現している稀有な作家であることは間違いない。
 その点、最近活躍している日本の女性監督は少し偏っているし、まったくセレブ性は低い。ファッショナブルな女の子が憧れる感性とは違って、哀愁がある。(貧しい…新興劇団のトーンマナーだ)
 そういう意味では、『マリーアントワネット』は成功している。アメリカの少女は、これを観てフランスと歴史に興味を抱くと思うし、フランスPR映画としては最良の部類である。セレブリティの日常生活のように、主人公のライフスタイルを体感できるフィルムだ。しかし、確かにキルスティン・ダンストの魅力はあるけれど、それがフランス革命の断頭台に消えたマリーアントワネットと思うことは最後までできなかった。
まるでタイムスリップしたヤンキー娘がフランスの王妃になったら??という、少しお馬鹿映画の雰囲気すら漂ってしまう。それでも舞台は本物(ヴェルサイユ宮殿)だから、そこは目で楽しめるけれど。
 発想は面白いけど、何が言いたいのかとオヤジは腹が立つだろう。若い女の子に自分の大事なことを伝えたいと思っても、なかなか伝わらないときのような苛立ちがそこにある。
 まあオヤジは観ないほうが身のためだと痛感した映画でした。
※サウンドトラックはとても素晴らしい。いつも音楽のセンスはさすがです。
 
 tokyotaro

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