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地球の外を旅してみたいと子供の頃はよく想像していた。自分が大人になった頃には、宇宙服くらい買うんだろうなとか、30歳のころには宇宙ステーションで仕事していたりとか、想像は現実的なディテールをともなって、「うんこしたら、重力がないからぐちゃぐちゃになるぞ」とか言う大人に、「重力を作る機械があるから大丈夫なんだよ」とか言って、さも宇宙旅行のエキスパートのようなこと言ってました。
僕のもうひとつの宇宙観には、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』からの影響があります。カンパネルラは死んでしまって銀河鉄道で行ってしまう。確かに、宇宙は広大な死の世界でもある。音もなく、空気もなく、闇ばかりで、確かに人間が生きてはいけない空間なのでしょう。それでも魂になったら、自由に飛びまわれるような気します。友達の去っていく場所としては幻想的な場所です。
写真はタイタンという土星にある衛星の写真です。大気があるらしく、地球に良く似た惑星だそうです。何年もかかって探査衛星が到達したのです。
子供の頃考えたより人間は小さな存在なのだなと痛感します。何年も闇に揺られながら、生命のない死地を飛んでいけるのは機械だけなのでしょう。
ルイ・ヴィトンのさくらんぼ
フランスの老舗ブランドがこんなに売れる都市は、世界でもほかにないでしょう。もともと、ルイ・ヴィトンは十九世紀末にフランスで展示された日本のデザイン・ジャポニズムを基本にして、一松模様をやってるんですから日本人に受け入れられるのも理解できますが…。
デザイナーのマーク・ジェイコブスの服はあんまり人気ないですが(僕はそう思うけど)、アーティストの村上隆がコラボレートした鞄は大人気ですね。いま六本木ヒルズの店内には「さくらんぼ」の彫刻と鞄がさりげなく飾られています。
村上氏は日本画を現代に翻案し、「スーパーフラット」という概念で、いわゆる「アニメ絵」で欧米のアート業界に挑戦している男です。つまりは、「アニメ絵」は現代の「浮世絵」であり、秋葉原のおたくは、江戸時代の歌舞伎のひいき筋みたいなものなんですね。そう思うと、歴史は糸でしっかり繋がっています。
戦前は、古川の下から歌舞伎座まで船で出かけたそうです。いまでは高速道路が頭上に張りめぐり、暗渠のようです。(悲) 蓋し、おたくの船・川はネットなんでしょうね。
東京はどこにあるのだろう。
東京はどこにあるのだろう。
東京で生まれてしばらくは東京の近郊に住んでいたので、東京という場所は「出る」場所だと長らく思っていた。電車で一時間もかからないのだけど、東京に「出る」と母も言った。
東京はどこからが東京で、どこからが東京でないのだろうと、僕は考えた。きっと境界線は…。<中略>
子供の頃、郊外に越したものの生まれた街へ戻り、僕はこの十年くらいはずっと東京に住んでいます。汐留のシオサイト、六本木のヒルズと街はさまがわりし、高層ビルがそびえる街になっていくんだなあと感慨深く、まさに失われていく光景を思い出し、そして忘れるばかりです。番町や、麻布の屋敷跡がマンションになり、長く静かでありながら力強い石壁も壊され、遺されるのは空き地と保存樹木。子供の頃、都電が走っている銀座通りやゴジラが壊した日劇を知っている僕にとって、東京の原風景は70年代なのでしょう。それにしても、知っている街が怪獣でなく、時に壊されるとは子供の頃は想像もできませんでした。
月日は百代の過客にして、行かふ年もまた旅人なり <芭蕉>
都会に住むというのは、失われる記憶と不眠不休で更新される情報の洪水のなかを、サーフィンするようなものです。だからこそ、コンテンポラリーな東京の日記を残してみようと、プログをはじめました。
ヨロシクオネガイシマス。<tokyotaro>
※写真は十九世紀の麻布十番周辺(赤羽橋)の浮世絵です。
