昭和の初期には、「東京には空がない」と、高村光太郎の妻は言ったそうだ。それでは、2005年の空はどうだろう。僕が住んでいる東京の港区には、雨後のタケノコのように高層ビル群が立ちあがっている。政府の高さ規制が緩和されたせいらしい。
港区には、三田の小山町のように戦前の街並みが残っている土地もある。今でも木造の銭湯に人が集い、路地には植木の小鉢が溢れ、野良猫が昼寝をしている。このあたりはかって、青山二郎の父方の土地だったそうだ。
僕の知人の画家はアパートの前の木伐採されそうな時、なんで切るんだと怒ったらしい。大家にとってはいらぬ迷惑なのだが、友達びいきを差し引いても彼の気持ちが分かる。
防災とか、老朽化の問題もある。地震の国だし、もともと建て直すことを前提にした木造建築の文化である。それでも文化的な意匠のつながりがなくなり、モダンな建築に溢れるだけの東京というのもいかがなものだろう。
東京は新しく変わり続けるところが魅力ではあるけれど、それでも少しは立ち止まって考えてみてもいいだろう。
鎌倉の海とサーフィン
七里が浜の海は台風になると、ロングボードに良い波がやってくる。
僕は実家が神奈川県にあるので、このあたりの海が僕の考える「海」のイメージである。
でも大人になって、ロングボードと出会い、初めて海の素晴らしさを知った。
大学の頃、ヨットをやって浜に暮らして、一年ほどを過ごした。だから海の風も潮も知っているつもりだったが、たった一枚の板で海の力を感じるサーフィンは、それまでの経験とはまた別の視点にある「海」を教えてくれた。
鎌倉は山に囲まれたその先に海がある。山から海へ風が吹くと、波はかたちが美しくなる。鎌倉に住んでる人たちは大きなボードを手で抱えて、遠くから来る人たちは自動車に乗ってやってくる。
この写真は、そのパーキングからの眺めである。
地元の方々がごみの清掃を呼びかけ、波があるのにサーファーが海をあがってごみ拾いしたり、海亀が泳いできたりもする浜だ。
東京から一番近い、波のある海である。
その風景を感じていると、僕はスローライフという流行り言葉も悪くないと思った。

