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いうまでもなく馬鹿騒ぎをして酒をアオッタからだった。
午前様となって麻布をさ迷っていると、日が昇ってきた。飲みすぎは良くないと思う頭がある反面、酔っ払っていることと睡眠不足が祟った状態であることの、ほど良い高揚感が気持ち良い。世界がクリアになっていく。脳内の麻薬がドピュっと吹き出ているかもしれない。睡眠・二日酔いジャンキーである。早い話が、アル中予備軍でしかないが…。
そんなさなかこういうヴィジョンを残したいと思い、ポケットを見たらケータイがあった。眺める光景が面白く、ばちりばちりと写真を撮った。いまではこんなものにまで映像記録装置がついているから、酔っ払いの写真家しか知らないような光景を残すことができる。
写真とは、まず写真機と写真家の関係が大切である。いつも肌身離さず持っていてこそ、良いスナップが撮れるのだと思う。蓋しシロウトは、カメラを買うのはいいが、普段持ち歩く人は少ない。
写真のなかの女が五時半の酔っ払いを冷ややかに見つめている。何、私見ないでよと。写真の女が撮られる時も、またポスターを製作しているデザイナーも、広告代理店も、そういうメッセージを発するとは思っていない。朝の五時半の男の眼差しもそうであるし、真っ当な社会の境界線を越えてしまうと、すべてのメッセージは暴力的にもなりうる。
私はこれらを、「世界は烏と泥酔者のものである」というタイトルにする。
ケータイ泥酔写真道というものを謳い、その第一人者になってみたいと思う此の頃である。<tokyotaro>
世界は烏と泥酔者のものである…酔っ払いの光景
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