蕎麦と東京の記憶

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僕にとって、蕎麦は東京の記憶と繋がっている。
十年前くらいからだと思うが、蕎麦のヌーベルバークとして手打ちの新たな蕎麦などが出回っている。大抵、店のインテリア、そば猪口等から個性的あって、味が悪いというわけではない。それなりに真剣なスタイルの確立を目指している。但し、亜鉛版のインテリアであったり、鉄もどきの陶器であったりと閉口することは多い。でも大抵の食通とかいう雑誌には評価されている。水、そば粉等に拘り、手打ちのしっかりした食感に良いところがあるらしい。記事を読んで期待し、試してみることも少なくない。しかし僕にとっては、現代風の田舎そばに過ぎないと思う。蕎麦に関して僕はとてもコンサバティブである。
そういう僕が好きな蕎麦屋は、浅草、神田、赤坂等にある。中でも、祖母と通っていた三十余年前の想い出があって、赤坂の『砂場』が好きである。もはや韓国街になってしまっている赤坂において、かつて料亭が賑わっていた頃の風情をいまでも感じさせてくれる。
祖母は松竹蒲田で女優をしていた明治の女であり、僕が幼い頃に他界してしまった。その頃、祖母に手を引かれて歩いた記憶に見える光景は、青山通りを歩く左翼学生デモの群集、日劇のミュージックホールの電飾、青山ユアーズにあった芸能人の手形,,晴海通りを走る都電であったりと、今は失われてしまったものばかりだ。その同時代に力のあった事柄は、すっかりと消滅してしまった。
蕎麦をすすっていると、江戸の町人も同じような味を食っていたのだと感じいる時がある。江戸では辛い汁に蕎麦をささっとつけて食ったと、落語にもある。江戸でも、さまざまな地方から人が流入したこの五十年を経ても失われることなく、東京で同じような味が受け継がれて来たのだろう。
無論、懐古趣味というのはいやらしい。わざとらしく過ぎ去った時代を演出しているような店の、苦々しい馬鹿らしさを憎む。だからこそ、今も連綿と供される東京の味や文化を大切にしたいと思う。
僕は今日も、祖母と一緒に食べた蕎麦をすすっている。
<tokyotaro>

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