波は沖からやってくる。そして思い出は過去から現在へとやってくる。

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波を想うと夏が恋しくなる。
98年に僕が再びサーフィンをはじめたのは、どうしてだったかわからない。一度波に乗ってしまうと、なかなかその波の体験を忘れることができない。
僕の乗っているロングボードは9f6というサイズで、つまり284センチくらいある。僕の狭い部屋にあると、壁が一枚転がっているような感じである。僕は中古のワゴンを買った。サーフボードを運ぶため、2シーターのスポーツカーでは不足になったからだ。サーフィンはライフスタイルになってしまう。自動車だけでなく、住居、そして会社捨ててしまい、新しい世界に飛び込む人もいる。波はすべてを浚ってしまう。
サーフィンは1980年代初頭に大ブームになったことがある。渋谷にサーフショップができて、ファッションはすべてサーフィン系になって、トップサイダーのデッキシューズをはじめとする、サーフィン・ファッションが爆発的に売れた。それはまるで大波のようだった。バブル経済とともに大波がひいてしまい、それから20年、サーフィンは静かに好きな人たちによって海岸で行われるスポーツになった。それが最近またブームになってきつつある。でも20年前とは少し違う。
『次の海まで100マイル』という片岡義男の書いたエッセイがある。片岡氏は、1970-80初頭にアメリカの文化をベースにした小説・エッセイで一世を風靡した小説家だ。
その本の中で波について書いてある箇所がある。
「これまで人間が総合した波で最高のものはどのくらいなのだろう…記録がそっくり正しいとはかぎらないでしょうけど、高さで40メートルくらいかな…」
40メートル。13階建てのビルくらいある。波のエネルギーは波の高さの自乗に比例する。大きな波が来ると、テトラポッドが海のそこでゴロゴロと転がるそうである。
昔ハワイに自然発生していた波乗りは、白人の宣教師によって禁止された。波乗りは非生産的な享楽であり、時間の無駄だとおいう理由だったらしい。当時、裸でハワイ人はサーフィンをしていたそうだ。19世紀のことである。
波に乗りたいという人間の欲求はあったのだ。。1910年頃、ワイキキビーチに銅像がある、有名なサーファー、デューク・パオラ・カハナモクはカルフォルニアにサーフィンをし、500ヤード(350m)も波に乗ってみせたそうだ。
波という恐ろしい力を持った存在と一体になる時の幸福感。波乗りはなぜだか別の次元を見せてくれる。自然の力もそうであるし、またブームも人の心のなで湧き上がり、波のように突然に大きな力になる。
ハワイの持っている魅力は、多分そこにサーフィンの秘密がある。1998年の秋にサンディエゴでアロハ柄のケースに入れたロングボードを抱えて歩いていたとき、家族と一緒にいた白人のおばあさんが、「あなたハワイから来たの?」と嬉しそうな顔をして僕に声を掛けてきた。戸惑いながらも、僕は違うと言った。
たぶん彼女はカルフォルニアで青春を過ごしていたはずだ。1950年代のサーフィンブーム。そのサーフィンの思い出の奥には、遠いハワイがあるのだろう。
南カルフォルニアには、マリブというロングボードの聖地のようなポイントがある。半円形のでっぱりのような岬があって、波はそこを巻き込むようにできる。南カルフォルニアでサーフィンが流行したのは、1950年代の『ギジェット』というサーフィン映画がきっかけで、その当時、TVコマーシャルがなにからなにまでサーフィン一色になったそうだ。
「売れる夢がなくなりかけてた頃ですね。波乗りは最後の夢だったんじゃないか」と、片岡氏は言う。
波は沖からやってくる。そして思い出は過去から現在へとやってくる。

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