現在の私たちの生活は、第二次世界大戦における多大なる犠牲のもとに成り立っています。これは紛れもない事実です。国を守って亡くなった方々を祀る感情は、まさに正しいのです。
しかし靖国神社における問題に関しては、1980年以降(A級戦犯の合祀以降)次第に注目され、特に小泉首相の参拝には中国の批判が絶えません。当然の行為が責められる理由は、ひとつは歴史認識であり、ひとつは宗教観の違いです。
当時、思想の問題、経済的な問題、人種的な問題等さまざまな課題がありました。当時日本は「近代の超克」を掲げ、西欧からの自律性を主張しましたが、その考えは完全に駆逐されたという点が、その敗北の意味する所です。日本の姿勢は、多くの有色人種の自律を促しました。しかし日本では、霧散してしまいました。敗北までは、確かにその骨格としての「装置」として、靖国神社は機能し、また当時の天皇制も機能していました。
日本の宗教的な背景は、「やおよろずのかみ」であって、包容力の高い宗教性を有した国民であり、だからこそ、仏教、イスラム教、キリスト教に関しても偏見なく、受け入れてきたという歴史があります。(江戸時代のキリスト教徒の弾圧は、まったくの政治的な問題です)だからこそ、祟りを恐れて祀ることもあり、また英雄を祀ることもあり、しかも日本人が霊性を感じるのは、山、滝もあり、人においてだけでもありません。
しかし戦争中、国体を強固なものにする目的で、本居宣長のいう「やまとごころ」と「からごころ」を一緒くたにしてしまった。平易に言えば、「やまとごころ」はゆるやかな集合意識=「やおよろずのかみ的なもの」、「からごころ」は文化された骨格=「中国・韓国からの大陸的なもの」でした。
蓋し、靖国問題について、中国は「からごごろ」から批判する。日本は「やまとごころ」から納得がいかない。なぜなら当時の国家システム=「装置」は、六十年前に消滅しているからです。
では中国の言うように(政治的に)、またその「装置」が復活しうるのでしょうか。私はあり得ないと断言できます。なぜならもはや、「近代の超克」を意図したときのような、歴史的な意義は世界から喪失しているからです。
1990年代に冷戦は終結しました。それから十五年、天皇制も、憲法九条の問題も再度検討し、それから日本は新しい装置を構築する局面を迎えています。(なぜなら現憲法・体制は、アメリカの冷戦シフトの産物だからです)それがどういう形であれ、民主主義国であるのだから、議論をし、国民に提示されていくべきです。
確かに中国的な考え方では、国家元首の参拝=装置の復活に繋がるという図式になります。それならば、パラダイムのギャップを埋めるべく現実的な解決を促すべきです。少なくとも中国の歴史教育の転換とセットで話し合うべき問題であるはずです。
日本は中国に関して、一方的に譲歩する必要はありません。説明していくことしかないのです。譲歩するということは、その批判を認めることです。納得もしていないのに認めることは、絶対に正しくないのです。それは一時的な納得を促しても、経済面も含めて、将来大きな禍根となるでしょう。
※歴史的な背景について、イギリス人の歴史家クリストファー・ソーンが、『太平洋戦争とはなんだったのか』において非常に公正な視点で歴史を語っています。(偏向なく歴史を知るには良い本です。)
<tokyotaro>
靖国をめぐる内政干渉を考える
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