成人した子どもの罪を、親が詫びる必要があるのだろうか。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090828-00000527-san-soci
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世間を騒がせている芸能人の麻薬関連の事件。ワイドショーも、スポーツ新聞も最高の報道ネタを提供され、視聴率も、販売部数も伸びていることだろう。不景気な世の中には、スキャンダルのような麻薬が必要なのだなと、半ば呆れていたところ、高相容疑者の父親が詫びたという記事を読んだ。
成人(しかも40歳を過ぎた!!)子どもの罪を親が詫び、またネットのリアクション等をみると、親の責任を追及しているコメントも少なくない。日本はどうやら、近代国家という理念を理解していない馬鹿の巣窟らしい。<近代国家とは、憲法および法に基づく、国家と個人の直接的な関係と社会の均質的画一化である>
少なくとも、成人が犯した罪に関し、親が追及されるのは、甚だ「個人」というものが理解されていないのだなと、馬鹿らしくなるし、勿論、罪が違う(例えば、同居している家庭内で息子が監禁事件を犯したような類)ならば、そういう指摘も分かるが、麻薬の使用などという、まったく個人の倫理観に基づく犯罪について、こういう追求をするとは、村社会=百姓根性以外の何物でもない。すぐに連帯責任とか、家族の責任とか、責任所在を曖昧にするくせがある。
保護者責任は、未成年までである。(しかも成人を18歳にしようと機運があるくらい)しかし道義的な責任は一生追及される。家族ぐるみ、刑罰よりも社会的な制裁となる。日本はそんなレベルの国(前近代精神)でいいのだろうか。
もう少し、「個人」であり、「責任」を明確にするべきであり、感情に流されるばかりではいけない。裁判員制度もいいけれど、そういう基本的な認識を啓蒙していくべきではないだろうか。

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