
ユングの『赤の書』を数ページ見た。半世紀も眼に触れずに、スイスの貸金庫に秘匿されていたという。ユング氏が自ら描いたイメージが、アウトサイダーアートにも似た作用、脳内を掻きまわされる感覚を引き起こす。強烈なイメージが眼に刺さって離れない。
日本ユング心理学会で講演された猪股 剛氏の言葉を引用すると、『「赤の書」は、ユングの体験した様々なイメージに満ちあふれ、同時にヨーロッパの伝統的な対話的思索にあふれている。ニーチェがキリスト教とその歴史観と対決し、現在に充溢する力を意志したように、ユングは地獄の修羅へと下降しながらも、恍惚としてこの現在に帰ってくる。このダイナミックに展開するエネルギーは、大胆で繊細である。一方で、「赤の書」の執筆時期にユングはそれと平行して「タイプ論」を書き上げている。それは、心理学のタイプを機能や形式の面から整理しようとした試みであり、科学的心理学を志向したものである。この二つの書物は、一見全く別の志向性から成り立っているが、その実、相互の内的な対話に満ちている。』とある。
勿論研究家の視点は、門外漢である私の感想とは別の大事な地平があると思うが、素人ながらも、五感で感じてみるだけで、個々人の無意識が何かを掴むだろう。わたしは早速一冊を注文し、届くのを待っている。海外とほとんど時差なく、日本語で出版に携わった方々にも敬意を表したい。
ユング/幻の日記『赤の書』。そのイメージの洪水に脳が浚われる。
文化・芸術
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