
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090626-00000045-jij-int
ロサンゼルス25日時事】マイケル・ジャクソンさん(50)が搬送されたロサンゼルス市内のカリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターでは25日、悲報を聞きつけ熱心なファンや報道関係者など数百人が詰めかけた。上空には報道各社のヘリコプターが飛び交うなど、周辺は騒然とした雰囲気に包まれた。
(中略)
米メディアによると、病院関係者らは同日中に記者会見し、死亡経緯などを明らかにする予定。
偉大なイコンの死である。
R&Bとポップの世界に君臨し、白人と黒人の壁を壊した人物だ。
日本人が想像するよりも、かつて白人と黒人の壁は高く、険しく、陰惨だった。ブラック・コンテンポラリーが白人のヒットチャートとほぼ同じになり、アフリカ系の血を引く黒人=オバマが大統領になる現在からは、想像も出来ない世界だった。
その抑圧のなかでイコンは白人になろうとし、狂気の果てに命を失った。悲劇であると同時に、幾分滑稽でもある出来事だったが、幼児性愛、白人になろとする激しい欲求は、あまりにも激しく、残酷だったと思う。
TV全盛のマスメディア、MTVの台頭を経て、ネットが世界を覆いつくした現在まで彼はポップスターであり続けた。その奥に潜む闇は、まだ深く、未だ誰も深淵を覗く事ができない。
僕のマイケルに関する一番の思い出は、1988年だったと思うが、僕は当時13歳だった弟を連れて出かけた横浜球場のコンサートだ。『BAD』がリリースされたツアーのプラチナチケットを手に入れ、幸運にも彼の最高の時期のパフォーマンスを観ることが出来た。いまでも鮮烈にそのダンスは覚えているし、子供だった弟も大興奮だった。ムーンウォークしかり、あれほどのダンスをその後も観たことはないし、ショーの構成も舞台も最高だった。
冥福を祈るとともに、世界から人種差別のなくなることを願う。
博多にある著名建築家たちの作品…コールハース氏の住宅

博多には確かに面白い建築が多い。
アルド・ロッシ氏の設計した中州にあるホテル・イルパラッオは現在改装中だったけれども、ハイアット・リージェンシー福岡のマイケル・クレイヴス氏、西日本シティ銀行、寿司・やま中等、九州出身の磯崎新氏の建築、古くは吉村順三氏の河庄まで、モダン以降の著名建築が建てられている。
そのなかで一番個人的に関心があるのは、現在のように世界的な名声を得る前の、レム・コールハース氏が建築した住宅があることだ。

福岡市東区. ネクサスワールドにある物件は、確か日本唯一の彼の建築であり、黒い石組みのような意匠が象徴的な建築だ。(現在写真に出ている建物が売りに出ている)。価格は3980万円だそうだけど、178㎡もあるので魅力的である。物件を買って、福岡に住もうかなと夢想してしまう。
博多は風光明媚であり、食事は美味しく、名建築もあるし、気持ちの良いのカフェもある。人柄も温厚実直と感じるし、豊かな自然と都会とかこういう近しい関係を築いている都市は余りないと思う。
発見された3万5千年前のヴィーナスと秋葉原のフィギュア


マンモスの骨に刻まれたヴィーナスが発見されたという。独チュービンゲン大学の研究チームが、同国南西部のホーレ・フェルス洞窟で発見した3万5千年も昔の彫刻だという。
石器時代から現代社会に至るまで、女性(イメージ)は聖の存在であり、富の象徴であり続けている。蓋し、アイドル=偶像であり、日本の秋葉原で売られているフィギュアと同じものだ。
それにしても、素材はマンモスからプラスチックに変化こそしたが、何万年経っても女性は世界の中心であるのだなと痛感する。その姿、ボテロの彫刻のように豊満な女性は、同様に誇張された乳房を持つ秋葉原のフィギュアも、女性の肉体に対する根源的な母性への憧憬が溢れているなと思う。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090514-00000042-yom-soci
ジャン・シャルル・カーズ氏のテースティングツアーに参加する。

フランス ボルドー・ポイヤックの著名なワイン醸造元である、CH.ランシュ・バージュ。オーナーであるジャン・シャルル・カーズ氏のテースティングツアーが開催されるというので、晩に丸の内のエノテカへ出掛けた。60名の定員が一杯であり、予約も困難だった。周りを見回すと、30代後半から50代の女性が多い。皆、ワインスクールの生徒繋がりで来ているかのようである。残りはぱらぱらと酒業界関係者のような人、女に連れられて来た男、または私のように興味本位で来た素人という具合。
私が参加した理由は、幾度かCH.ランシュ・バージュを飲んでいたが、(勿論良いワインという印象だったけど)巷で言われる完璧な状態のものだったのかと疑問を抱いてきたからだった。
1990年、1999年、2003年のCH.ランシュ・バージュを試飲できる他、ブラン・ド・ランシュ・バーシュ、CH。オーバージュ、CH.レゾルム・ド・ペズの合計6銘柄を味わう。特にCH.ランシュ・バージュの垂直試飲をベストコンディションで経験し、初めてテロワールというものと、ブーケについての理解を深めることが出来たのは幸運だった。
90年はカルベネソーヴィニオン独特の力強さが漲り、タンニンと酸味のバランスが見事だった。しかし派手な感じはなく、上品なヴィンテージである。ベリー、杏、葉巻、鉛筆の匂いが複雑に現れると同時、まるで草花の溢れる欧州の古城を散策しているような心地になった。が、99年はまるでその古城がスクリーンの向こう側に消えてしまい、茫漠とした感が否めない。03年は将来ここが素晴らしくなるのが約束されているように、タンニン、酸味が力を秘めているが、まだ開花していない。
いままでテロワールの意味は知っていたが、まさに同じ場所=土地なのだということを実感したのは初めてだった。
やがてジャン・シャルル・カーズ氏が現れ、スピーチが始まる。彼は4代目当主であり、白を担当しているそうだ。昔は1ガロン家族向けに白を25ケース作っていたけれど、知人に配布しているうちに好評になり、やがて役人にワイン法に違反していると指摘され、そこから商売のレベルまで拡張したのだと言う。
確かに白も上品であるながら力強く素晴らしいが、僕は同じ白ならばアローホが良いかなと思う。90年のCH.ランシュ・バージュ(赤)には唯一無二であることは疑いの余地がないのだが。tokyotaro
BEER&WINE STAND Sと13年の歳月
山本宇一氏から案内をいただき、渋谷に出来た新しいショップに出掛けた。昨年の話である。
駒沢のバワリーキッチンがオープンしたのは、もう13年前にもなるだろう。彼は、その当時からの知り合いである。当時、僕はアメリカの資本の広告代理店に働いている二十代の若者だった。いつも駒沢に出かけては、明け方店が閉まるまで友達と徹夜で語り明かしたり、週末はブランチを楽しんでいた。ブック・リーディングを主宰していたブルース・バンドの方と知り合ったのもバワリーだったし、ある意味当時のカルチャーが肌に感じられる店だった。NYの肉屋街にあった画家のR・リキテンシュタインが懇意にしていた『フローレンス』という名の食堂に似ていると話をすると、山本氏も僕もその店は好きだと言っていたのを思い出す。
出来たばかりのバワリーキッチンのオーナーとして忙しく働いていた山本氏は、九十年代後半、メディアでも時代の提案者として注目の人となった。日本中の喫茶店がカフェになり、真夜中に酒を飲まずにお茶を飲む時代が来た。いわゆるカフェ・ブームである。その立役者としてHeadsという企画会社を発展させ、現在も空間プロデュースの仕事で大活躍している。今でも13年前と同じ物腰のしなやかさを失わなず、昔のみずみずしさを感じさせるのは立派だと思う。いわゆる鼻持ちならない嫌味なトレンドセッターとは、一味違う矜持がある。
13年前僕は当時酒の仕事をしていた。高級クラブ・スナックの衰退期であり、先輩が後輩に酒の飲み方を教えることが少なくなっていく時代だった。日本の酒文化はある意味転換点を迎えていた。そのうち巷に溢れているスナックはなくなると予測していたけれど、本当にそういう世の中になり、みんなは人との直接的な繋がりを避けるようになりつつあった。インターネットが台頭しはじめ、街をぶらつくかわりにネットの世界に若者が吸い込まれて行った。情報手段が蔓延し、世の中は回り道をすることが、極端に少なくなりはじめた。
現在、店というメディアが何を発信できるのだろう。昔のディスコ・クラブのように新しい世界の情報を受け取る為にわざわざ出向く(何も釣れない日もあるのに)若者っていまもいるのだろうか。80年代は最新の情報は街にあったけれども、そういう意味では街(東京)は貧しくなったなと痛感する。街が既知&既存情報の追体験をする場所のようになってしまったのは、21世紀になってからだろう。
「美味しいワインとおつまみ(ハム)が安く楽しめるシンプルな場所」と、BEER&WINE STAND Sのことを山本氏は言っていた。フィジカルな要素を満足させるというシンプルな答が、とても現在の東京の状況を示唆していると思う。
現在は過去の文化の複製を生み出し、そこに文化を感じていることで危うげに結びついている。

現在は過去の文化の複製を生み出し、そこに文化を感じていることで危うげに結びついている。多様であった文化は、「共通言語」として一元化されていく方向を進んでいる。世界は一元化した「共通言語」で人の魂を救済できるのであろうか。
メディアの技術は「共通言語」を生み出し、世界の知識を一元化しつつある。しかし共通言語は幸せをもたらすのかどうかは分からない。「共通言語」の間で魂は凍りつくかもしれないし、結びつくはずの糸が解けていくきっかけになるのかもしれない。それでも技術は世界を結びつけ、人の魂を浚っていく。蟹の群れを底引き網が根こそぎ浚っていってしまうように。それでも人の魂は、海底に潜む蟹のようにしか生きていけない。
紙はかつて人々の魂に大胆な変化をもたらした。それまでの人は紙によって、別の空間、時間からやって来る他の人の言葉を知らなかった。言葉は人の口から出で、人の耳に入るものでしかなかった。息、体温、その場の空気というノイズとともに、言葉は語られるだけであり、同時の空間の中で紡ぎだされるものでしかなかった。物語も知識も、人の口から膨大な周辺の情報と共に伝えられ、それを人は理解し、その周辺情報の残滓から文化が育成された。神話、方言、さまざまな所作は、そういうノイズを包含しながら真髄であるところの意味を醸成して来たのである。
無駄がなくては文化が出来ないと言う真意は、つまりはそういうところにある。酒が菌による醗酵によって生み出されるように、文化は不純物によって醗酵出来る。つまり、余りにも有機的なものなのである。だからこそ、文化は宿木であるところの、人を決して出ることができない。宿木が失われればその文化は死んでしまう。
周囲に存在する人は、文化の伝承者として尊敬され、社会的な位置づけを帯びていた。勿論すべてが優秀な伝承者であったわけではない。副産物として迷信が生まれ、無知蒙昧な人々となっていたことも否めない。十八世紀以降の「文化人」たちは、啓蒙(エンライトメント=光を当てるという英語の方が分かりやすい)と称して市民社会を生み出そうとした昔の人々は、そういう不純物に目をつけて浚っていった。次第に宿木は倒され、無知の蔑称と共に排斥されて来たのが、つまり近代である。マルクスが自然から疎外された存在としての人間を発見できたのも、まさにそういう現実が顕在化しつつあるのを目の当たりにしたからだろう。
グーテンベルグの印刷機の発明も、紙の大量生産も、文化の神話性を貶める役割を帯び、やがて写真、映画、音響装置の発明が拍車をかけてきた。テレビとインターネットがあまねく普及した(つまりユビキタスある)現代の市民社会はそういう文化の磨耗のある極点となっている。これは地球温暖化よりも深刻な問題であり、人の生きる意味に関わる問題である。(日本の自殺者の急増も、蓋し文化の崩壊と深刻な関わりがある。)
勿論現在も、企業文化等、「文化」という言葉は周囲に満ちている。しかしその「文化」という言葉は文化のメタファーでしかない。「共通言語」は、政治的な思惑とシンクロナイズし、つまりデファクト化した知性として、最後の砦である言語の障壁をクリアしようと目論んでいる。これも技術の進歩で早晩実現するかもしれない。
そこには不純物は存在しない。純粋な水で生物が死に絶えるようにすべての魂は死に絶えるだろう。その先に残るものは、ゾンビとなった人に過ぎないのではないか。ゾンビにも欲望はあるのだろうか。そこは平準化した死=最大化されたエントロピーが満ち満ちた静かな地獄であるにちがいない。
ネットワークを完璧に破壊するウィルス以外に「魂」を救える救済者はいない。キリストは再度降臨するだろうか。
アポフィス (99942 Apophis) は、アテン群に属する地球近傍小惑星の一つ。2004年6月に発見された。地球軌道のすぐ外側から金星軌道付近までの楕円軌道を323日かけて公転している。
アポフィスという名は古代エジプトの悪神アペプ(ギリシア語でアポピス、ラテン語でアポフィス)に由来する。
2004年12月、まだ2004 MN4という仮符号で呼ばれていたこの小惑星が2029年に地球と衝突するかもしれないと報道され、一時話題になった。その後、少なくとも2029年の接近では衝突しないことが判明している。
グレン・グールドを聴く。生誕75周年CD80枚セットを買う。

グールドを聴くたび思い出すのは、友達が『ばあさんが好きだからこのレコード録ってよ』と、当時僕が愛聴していたグールドのベートーヴェンのピアノ変奏曲をダビングしたことだ。当時使っていた貧弱なオーディオ装置でダビングしたテープだった。当時使っていたアイワ製のカセットレコーダーで再生すると、若干ノイズが残っていた。が、調整が難しいので、そのままカセット・テープを友達に渡してしまった。後日、友達に大丈夫だったと訊くと、『ばあさん喜んでたよ、ありがとう』と言う。その友達の祖母は、今は故人となられた白洲正子さんであり、その芸術に対する深い見識について、当時の僕は余りにも認識が浅かった。後年僕が分別つくようになった頃には残念ながら他界され、カセット・テープを二度頼まれることはなかった。せめてカセット・テープをもうひとつランク高いメタルにすれば良かったなと、ふと悔やむことがある。まあ蓋し音楽素晴らしさと、音質は違うものなのであるが…。
それから二十年経っても、僕はいまでもアナログレコードを聴く。またエソテリック製のワディアデジタルのDAコンバーターを搭載したCDプレイヤーを買ってからは、CDでも十二分に音楽を愉しんでいる。その他のオーディオ機器も、ソニー、マランツの廉価版、やがてセレッションのスピーカーにクオード44+405のアンプで聴いていた頃から、現在はATCのスピーカーにクレル+アキュフエーズのアンプと変遷した。いまでもアナログの馴染みの良さ、蓋し昔からの耳の慣れというか郷愁に心を揺らし、同時に明瞭な音のCDの方が優れていると感じる。気がつくと、アナログがデジタルか等と、二十年来さ迷っている。
グレングールドの生誕75周年記念で80枚のCDセットが限定発売されたのは昨年だった。買う機会がなかったが、ようやく手に入れることが出来そうだ。80枚のコンプリートセットで3万円を切る価格はべらぼうに安い。一枚2500円も払ってLPレコード一枚を買った高校生の自分を想うと、夢のようである。すべての聴衆に最高の音楽を表現できないとライブ演奏を辞め、オーディオでの再生を最良の観客として演奏したグールド氏の全作品である。
※写真は別のLPです。

ぜひ手元に残っているLPレコードとCDを聞き比べて、もう一度昔を思い出してみようと思う。カセット・テープもなくなってハードディスクが記録媒体になってしまうなんて、夢にも思っていなかった昔を。
NHK?? Vladimir & Rutchovを聴く。

北島三郎はアゲアゲを鼓舞していたように見えたけど、実は怒っていたそうだ…。
その直前に放送されていた昨年のNHK紅白歌合戦で、DJ・OZMAのバックダンサーの裸にかぎりなくちかい演出で苦情が殺到したという。その後のNHKの対応はまさに滑稽であり、またそのくらい折り込んで音楽を楽しめない日本の状況はあまりに窮屈で堪らない。子供が見ているとかいう馬鹿な苦情を言うくらいなら、午後10時前に寝かしつけるべきである。ロックによって自由も何ももたらされなかった国であり、また教育を受けたとぬかす人たちは、ピューリタンでもないくせにアメリカ・ワスプの倫理を真似る。まさに猿であり、全く北朝鮮の管理社会を馬鹿に出来ない人々だと思う。
放送直後、YOUTUBEには模様及び関連情報がUPされており、さすが新しい時代のメディアの面目躍如だと思う。いまさら情報の閉鎖性で、くだらない大人の権威を保とうという卑屈さが気持ち悪い。一体自称大人というひとたちは何を守りたいのか、わたしには理解できない。現代に関する恐ろしいほどの見識の欠如である。
そんな状況で音楽ってどうなってるのかなと、渋谷のレコードショップに久しぶりに立ち寄った。Vladimir & RutchovのCDを買った。テクノでお馬鹿でXXX Fricksレコードというくらいで、ポルノ嬢がコラージュロゴデザインが怪しさとともに期待感を醸し出す。
さすが鎖国のさなかも交流のあった自由の国・オランダのレーベルだ。その曲はエレクトリック・テクノのDJテクニックが展開され、かぎりなく明るいエロである。鬱屈した気持ちをぱあっと開放する力にみなぎっている。
確かに昨年末欧州で見たMTVの音楽アワードでも、現地・欧州の人たちは五十歳ちかくになっても踊り、エネルギッシュに盛りあがっていた。その時わたしは、欧州のそういうパワーがEU拡大とユーロ高にも現れていると実感した。
日本もバブルの時、あれほどジュリアナ東京でパンツを全開に踊る女の子で溢れ、エロパワー全開だったのを懐かしく思い出す。それにTVも平気でヌードを放送していたではないかと。
多分、子供が見ているとか文句を言っている母親は、その頃パンツを見せていた世代だったはずだ。まあ自分がそうしていなくても、そういうエロのエネルギーが満ちていた日本を知っていると思う。
もともと日本は開放的な民族であり、昭和初期にも裸は日常だった。なぜそういう愚かなことを言う社会になってしまったのだろう。蓋し、ひとつは国民の老化と、もてない女のやっかみである。そういうやっかみなどという負のエネルギーに翻弄されていては、国は発展しない。
所詮人間なんてエロなのである。大人しいエロより、激しいエロの方が国が活気ずく。暗くて残酷なエロは追放してもいいけど、明るいエロまで犠牲にしてはいけない。石原都知事さん、あんまり風俗の取締りを言っては文化を殺すと肝に銘じてもらいたい。
tokyotaro
短編小説:『花』

雨後の照りつける陽射しのなか、私、凍ってしまう気がしたわとわたしの女がつぶやいた。暑い夏の陽射しと蒸風呂のような湿気のなかで凍るなどと口走る女が正常だとは思えなかった。が、結晶のように固まった光線が紫陽花の葉に照り返す光景には、普段の感覚を超越させる奇妙なものがあるかもしれない。それでもわたしには依然として暑い、夏の午後だった。雨後の雑草の匂いにのぼせてしまうわたしには、死ぬまでその女の感覚は分からないだろう。
此処に逃げてきて三ヶ月になる。とうとう気が狂う段になったのかも知れない。横に寝ている女の首筋から汗がじわり吹き出し、わたしの白いシャツに染みた。豚草の匂い。ベトナム人はあれを食うのだそうだ。湿気と汗。化粧気もなくなった女の横顔を見ていると、初々しさなど微塵もない。平凡な日常がまた満潮のように戻ってくる。太陽がわたしの頬に照りつける。女は自分の境遇を悔いている様子もなく、わたしに抱きついている。半年前はただの他人であり、法的にわたしは犯罪者であり、彼女が被害者であるなどと想像もできない。一匹の蛙が草むらから顔を出した。目を閉じると、世界が大きな鍋のなかで煮えたぎっている幻像が現れた。そこに形もなく、場所もなく、ひたすら煮えたぎっている幻だった。
「雨やんだのね」
「ああ、やんだよ」
「もう夏ね」
「やっと夏だ」
わたしの女が立ちあがった。軽く伸びをし、縁側を降りて庭に出た。裸足で雨後の雑草のなかを女は歩いている。足が土を跳ねあげ、泥が舞い、女の顔に点々と黒い跡が残る。わたしは女が逃げない理由が分からなかった。わたしは相当に疲れていた。わたしは逃げている自分を思うだけで吐き気を催す位、精神が弱っている。別に女が警察を呼びに行っても、それを阻止しよういう意志などなかった。
わたしは、ぼんやりと女が泥と戯れるのを眺めていた。
あれは凍てつくような冬の晩だった。
1987年製のカローラで、わたしは多摩丘陵にある郊外住宅地を走っていた。冬一番の寒波が、シベリア高気圧とともにやってきたとラジオが喋る。天気予報を聴きながら、わたしはある男を殺そうと、死に物狂いで男の家を探していた。寒く、窓を開けると、耳をちぎりそうな風が吹いている。男とわたしは一度の面識もなかった。しかしわたしは殺す者であり、男は殺される者だった。一生涯に一度の逢い引きのようなものだ。
閑散とした集合団地の群れを抜けると、住宅街に入った。誰も人が歩いていない冬の夕暮れだ。唯、一匹の犬が歩いているのを見た。老いぼれた犬は飼い主に捨てられたのだろう、人を憎む眼をしてわたしを睨む。
迷った挙げ句、ようやく家を見つけた。伊勢丹の包装紙でくるんだ箱を小脇にお歳暮の配達を偽装し、わたしは呼び鈴を鳴らした。腰下の小袋に布で巻いたナタを隠し、玄関に近づく人の匂いをびりびりと感じていた。ストップウオッチを押す。もはや、わたしの心は白かった。
「**さん、お届け物です」
「はい、ごくろうさま」
箱を両手で**氏が受け取った瞬間、わたしは布を巻いたままのナタで大振りに左頭部を殴打した。男は殴られるままに玄関横の壁に頭を打ち、壁のモルタルが少々剥落する。わたしは、玄関の戸を閉め、卒倒してぴくぴく虫のように痙攣している**氏を玄関先にうつぶせにし、腰の袋から取り出したアイスピックを後頭部から延髄に向けて刺した。**氏の絶命。とその時、二階に足音がした。わたしは、直ぐ二階に駆けあがり、足音のした部屋のドアを開けた。すると高校生位の女の子(男の娘だろう)が恐怖の余り声が出なくなり、ウガウガと喉を鳴らして座り込んでいた。わたしは時計を見た。ちょうど一分。わたしは取り出した透明のスコッチテープで女の子をぐるぐる巻きにした。髪、顔の皮膚、両手、氷に閉じこめられているかのようだ。もはや抵抗もしない。震えている。二分が経過。わたしは玄関を閉め、自動車のトランクに女の子を押し込めた。バタン、とトランクが閉まる。
福島県の廃村にある隠れ家で、わたしは女の子を犯した。それから女の子は女になり、毎夜わたしの隣で眠っている。わたしの依頼者は、娘を殺さなかったことを不服に思っているのだろうか、約束の三ヶ月が過ぎても連絡がない。わたしは、ひどく疲れてしまった。不毛の待ち時間と、父親を殺した男と平然と過ごす娘にわたしの神経が参っているのだろうか。凶器は処分したし、ラジオによれば目撃者もない。だがもはや唯一の目撃者を処分する気力がないのだ。青空と入道雲。庭の泥が強烈な陽光に輝いている。
「見て、見て」
「なんだよ」
「ほら、あれ。だって太陽に顔を向けているのが本当なのに。ね、変よ」
泥塗れの女が白い歯を剥き出しげらげらと笑っている。わたしには何がおかしいのは分からない。唯、急に見た太陽が眩しすぎたのか、女が空を背に切り取られた影絵のように平板な、軽く、重さのない存在になっていた。そして余りにも青い空と余りにも黒い女の向こう側に眼を凝らした。すると陽炎のようにおぼろげながら恐ろしい姿の何物かが立っていた。
それは巨大な一茎の向日葵が、燦然と太陽を背に輝いている姿だった。
(1997年)
短編小説:『性物画』

その穴は白かった。崖の岩肌が脆く崩れ、私は足場を失った。底の方へと落ちていく最中、私の意識が次第に妙な具合に明確になり、恐ろしいとか死ぬのではないかという不安の彼方に妙な希望を感じていた。私の存在は、その肉体の周りに纏わりついている空間と時間の枠組みを超えてしまっているかのようだった。頭蓋骨が砕ける音が耳に響いた瞬間、永劫の責め苦と至福の映像が脳裏を去来した。
私は名前を忘れてしまった。私は意識を回復したと同時、肉体の自由を完全に失っていることを悟った。目が覚めると眩い光が網膜を突き刺し、喋ることも動くこともできない身を認識した。私は完璧な不具者になったらしい。が、肉体の自由を失ったことが悲しいという反射的な感想を感じるには、私の脳は少々壊れすぎてしまったのかも知れない。未だない位、冷静な私がそこにいるのだった。
窓の外には春風が吹き荒れていた。その硝子を叩く音が祝福の歌のようだった。私はじっと死の到来を待っていた。それは遠い雷鳴のように現実感のない危機だった。
針が私の右腕に突き刺さっている。一匹の蝿が窓硝子の傍に惑っている。何処に行こうとしているのだろうか、それとも何処にも行けないのか。リノリウムの床が日光を受けて輝き、薄汚れた天井に照り返していた。生き物のように日の痕跡は蠢いている。
喉を感じてみたが、その感触は何もない空洞のようだった。私は喋ることができない。一日はひどく緩やかに流れる河のようだった。背骨が何かに巣食われているような感官に幾度も襲われて大声を張りあげたが、辺りは完璧な静寂に包まれていた。薄く、そして完璧なベールが私と現実世界との間には張り巡らされている。
脳が次第に現実の時間から私を解放していくのか、私は過去に向かって世界が広がるのを感じていた。私の寝ているベッドが、次第にかつて子供の頃寝ていたベッドになり、空を流れる雲が、かつて私が虫取り網を持って駆け巡った野原の雲になった。私は、父親に殴られて痛んだ心を抱えて走り抜けた、あの野原に立っていた。
凧の群れが青空に舞っている。雲の切れ端が硝子の先端の鋭さで空に突き刺さっている。私はひとりだった。郊外の空き地では、錆びた立て看板が客を待っていた。
風が吹いてきた。私は半ズボンで来た事を後悔した。ススキの穂が私の素足を叩いた。瞳には寒い青空だけが映っていた。ドクダミの匂いが肌に沁み込んだ。ショウリョウバッタが背中に子供を乗せて歩いている。泥棒草の実がからだじゅうに纏わりつき、捨てられた猫たちが鳴いている。僕も泣いていた。僕は捨てられた猫の身になり、人を呪った。青空は果てのない青だった。セスナ機が東から飛んできて、大きな空を叩いていた。バタバタと音が世界中に響いていた。僕は空を見あげていた。僕の小さな手を空に向けると、空は手に収まらない程広かった。途方もなく広い。段々と僕の悲しみは空に吸い込まれていってしまい、すっとした心が残った。ラムネの味が口に広がった。僕はラムネのキャンディを舐めていたことを思い出した。
誰もいない公園。独りでに揺れるブランコ。その軋む音が空に響いている。
周囲は真っ暗闇だった。医療機械のスイッチの光だけが点滅している。私はその光を感じていた。小さな弱い光であるのだが、私にとっては太陽よりも眩しい光だった。
父は未だ八歳の私に問うた「お前の人生はどう転んでもお前の人生だ。どう生きるつもりなのかを考えろ」と。私はその答えが未だ分からない。何十年も答えることのできない父の問いを心に刻み生きてきた。そして私は穴に落ち、此処に至る。
空虚な、余りにも空虚な存在に成り下がったのだ。私はカフカの『家父の心配』に登場するオドラデグそのものだった。はたして死ぬことができるのだろうか?死ぬものはみな、生きている間に目的を持ち、だからこそあくせくして、いのちをすりへらす。オドラデグはそうではない。生き物でもなく、物でもない存在…私は涙を忘れてしまったらしい。
昼が去り、夜が訪れる。
暗闇のなかで忘れていた事柄が洪水となり、私の記憶は今の私に舞い戻ってくる。今の私は何もない空虚な身体であり、記憶はより強烈に私の脳髄を占拠してしまう。
私が最後に海に行ったのは、秋だった。
閑散とした観光道路を、女とオープンカーで走っていた。イタリア製のオープンカーが奏でる排気音を響かせ、海外沿いの道を北に向かった。東北は冬がキツイと女が呟いた。
女は肌が痛むのを極度に気にしていた。寧ろ神経症に近かった。太陽の光を恐れ、サングラスとスカーフで顔全体を覆っていた。その癖、オープンカーには乗りたいと云っている。私には話を合わせて引っ込みがつかなくなり乗っているのかと思ったが、別段そうでもないような顔をしている。最大限に日の光を避ける為、トンネルの多い道を走っていた。時折地下水が頭上より滴り、顔を打った。冷たいと女が叫び、私は笑った。私はどうしてこの女と此処にいるのか分からなかった。涼しい風に髪が舞い、遠くの島々が書割の風景のように景色に張りついている。透明な午後だった。私は自分の目的を見失っていた。女を抱きたいのか、それとも何かに向かって走りたいのか。酷いと女が叫んだ。見ると、路面には一匹の鼬が轢死していた。
「いつの日かあたしたちもああいう目になるのかしら」
「わからない。明日か、それとも五十年先なのか」
「そういう危うさって大切な感覚じゃない」
「普段はすっかり忘れてしまっているけどね…」
ブルーの空が幾重にも重なり合い、透明な秋の空が広がっている。私たちは走り抜けている。女は北の実家へと戻り、二度と東京へは戻らないと呟いた。
「あたしのが前に勤めていたクラブの娘の話なんだけどね、あたしが店を辞める半年前に失踪してしまって見つからないのよ。いつも突然いなくなる娘は多いんだけど、彼女の場合は、同じ店に勤める美奈ちゃんていう娘と同居していたから…。美奈ちゃんがいうには、身の回りの物がすべて朝出かけた通りに残っているし、化粧品からパジャマまで普段通りにちらかっているし、荷物をまとめて出て行った形跡もないらしいのよ。渋谷にでも服でも買いに出かけたのかなって思って気にもしないでいたらしいの。でも次の夜になっても帰らないから変だと思って、携帯に電話をしたら彼女の部屋で音がしたんだって。彼女の部屋を覗いたらハンドバックが残っていて、携帯が鳴っていたそうなのよ。しかも財布も残っているし、銀行のカードも現金もあるし、普段使っていた口紅もコンパクトも入っていたそうなの。それで怖くなったんだって。だって化粧も直さないで歩き回っている娘じゃないし、それに現金を剥き出しで持って出かけるなんて想像できないでしょ。それで美奈ちゃんはお店のマネージャーに連絡したんだって。でね、それで履歴書にある彼女の実家にマネージャーが電話を入れたらしいんだけど、電話は現在使われておりませんとメッセージが繰り返しているし、住所から地図を調べたら、そこは福島県***市の郊外にある発電所だったそうなの。それで美奈ちゃんは近所の警察に届を出しに行ったらしいんだけど、カードの名前も偽名だったらしく、失踪届にもならなかったんだって。夜逃げ同然で暮らしている人も多いんですよ、あなたが何か被害にあっている可能性はないですかと警察は言ったそうなの。で、美奈ちゃんは怖くなって自分の保険証とか印鑑とかを調べたけど全部あるし、ほっとしたらしい。でもひとつなくなっているものに気がついたんだって…」
女が黙った。
「臍の緒の入った巾着…美奈ちゃんの亡くなったお母さんに貰ったお守りで、出生書といっしょになっていたものらしいの…しかも美奈ちゃんお母さんの指の遺骨も一緒にしていたらしくて」
「気味が悪いね、人のそんなものを盗むなんて」
海岸沿いの岩肌がぎらりと輝き、暗闇のトンネルのなかへと私たち自動車は入った。鍾乳石のようなのたくったコンクリートの天井から地下水が滴り、フロントガラスで弾け飛んだ。
「美奈ちゃん、それから少し気が変になって、今じゃ神経科に通院しているのよ。美奈ちゃん、なんだか自分が盗まれてしまったみたいだと泣いていたわ」
時折強い風が日本海から吹きつける。トンネルの暗闇を出、一面の青空が現れた瞬間、女が巻いていたシルクのスカーフが風に吹き上げられて飛んでいった。ひらひらと舞い上がりながら、バックミラーから消えてしまった。
「ねえ戻ってよ、ねえ」
「…」
太陽が昇っていた。
看護婦が私の股間を洗っている。私のペニスはしっかりと立っている。女はピンセットを用いてガーゼでペニスを洗浄している。その光景は妙であるが、医学的な見地からは正しいのだろう。だがそれを悪ではないと言えるのだろうか。注射が一本打たれる。私が腐らない為なのだろうか。私は生鮮食料品だ。腐らない為に生きている。看護婦は腐らせない為に努力している。喉元に流動食が流れる。生きるための装置、だがその先に何があるのだろう。私は小さな汚物工場であり、その存在は人工世界の規則に遵守している。
私はその世界のどの場所に登録されているのだろう。その登録は有効なのだろうか、それとも無効なのだろうか。私の存在は、法的な監視下のもとにある場所を与えられている間は処分されないだろう。が、その範囲を少しでも逸脱してしまうと、私は人間から動物にでも、または物体にでも格下げされてしまうだろう。薬物の実験台になりさがり、糞尿を垂れ流しながらも意識なく死にゆく存在にもなるし、切り刻まれて医大生の為の標本にもなる。その境界線は曖昧なものであると、私は確信した。そう、今の私にここまでの明晰な思考があるなど、誰も思ってはない。私はかって人間と呼ばれた存在のなれの果てなのである。
私は顔を忘れてしまった。顔の記憶は朧げな輪郭、目鼻、口、しかしながら自分の顔という明晰な像を思い出すことはできない。顔の断片、瞳の光彩、目元の黒子。私の隆起した鼻の側面にある脂肪の残滓。それらは覚えているが、私の顔の総体を覚えていない。昔母親が綺麗なハンカチを鞄から取り出し、私が垂れ流している鼻を拭いてくれた。光が空から降り注ぐ午後の庭先だったか、それとも…。砂浜に掘られた穴に埋められていた。入道雲が輝く広大な青空。崩れる砂が顔に降る。子供たちの顔が穴から私を覗き込む。悪戯を愛し、人の不幸を軽快に楽しめる年頃の少年たち。肌が黒く、夏を体いっぱいに吸収していた子供たち。私は崩れる砂の、穴のそこに座っている。私はそのうち訪れるだろう大波を待っている。海が満ちて海水が注ぎむ時を。私は溺れ死ぬことを期待していた。青空の処刑台は幸福な地獄だった。
私は目覚めると、青白い病室のなかにいた。いままで私は子供の自分を生きていたが、夢だったらしい。汗が毛穴から噴き出で、四肢が痺れてきた。これは回復の予兆なのだろうか。それともシシュポスの責め苦のように出口がないのだろうか。
生の輪郭が朧げになっている。生とは意識のことなのだろうか。それとも現実に関与する力なのか。私は喋ることもなく、思うことで生を証明している。しかしそれが理性の所業であるとは確信できない。私は理性など私は持ち合わせていない。感情の郵便があて先不明になって、口から理をまとって出でるに過ぎない。私は必死に思考している。思考が果て、私が死んでしまわないために。思考が果てても、肉体が勝手に生き続けるのは地獄だ。それとも私は既に地獄にいて、傍から見たら勝手に生き続けている肉体でしかないのかもしれない。
心臓の鼓動が耳に障った。目を開くと、海原が広がっていた。私は世界の果てに棲んでいる一つ目族を捜している。星の道筋を辿って私の船は闇の海原を進んでいた。一つ目族に捕らえられたオデュッセウスは名乗る「何者でもない=ウーシス」と。大いなる海原の洞窟に棲んでいる怪物たちの呼吸が耳に響く。名前はやっかいなものだ。肉体の外、心の外で勝手に生きている。金貸しも、誹謗者も名前を忘れてはくれない。私はオデュッセウスのような罠を仕掛けることはできなかった。私は病院の枕元にしっかり名前を貼られ、縛りつけられている。私は名前を忘れてしまったが…。目を潰された一つ目族の男に仲間が言う「誰でもないものに潰されたなら、ゼウスの所業にちがいない。あきらめろ」私は一冊の本を拾った。開くと、ゼウスは復讐の神であると書かれていた。
闇が来た。私は目を瞑る。
看護婦は監獄の看守のようだった。
私に何も話し掛けないことで、偉大なる権力を保持していた。日に二回私の肛門に管を差込むと、ぞんざいに尻をタオルで拭く。私の性器は女の手に著しく反応していた。私は大きな女に抱かれていた昔を思い出した。私の家には北の漁村から出てきた若いお手伝いが住んでいた。病弱な母の代わりに、私の面倒を見ていてくれたのである。私を風呂で洗ってくれたその女性は、二倍以上の体躯の女だった。大きな女に包み込まれる快楽…以来、そこには決定的な愛があると信じている。今の私も看護婦である女に対して、決定的に私は無力であり、私は乱暴に扱われ、その状況が私に女を神聖化させる。
白衣の匂いを感じた。私は女の眼を見た。が、殆ど女は私を無視していた。
「・・・・・・・・」
女がなにかを喋っているような気がしたが、私にはよく見えなかった。無論、何も聴こえない。朧げな女の輪郭が宙に浮かび、私は美しさに胸を痛めた。女は乱暴で、私は無力だった。その無力な私は、その女を渇望していた。性器は女の手を感じていた。だが私は生き物でもなく、物でもなかった。孤独で満ち足りていて、そして空虚だった。私は生きている…。
残雪が踏み荒らされていた。私は飛行機で窓から眺めた空を想った。群青色の天空には大熊座が輝き、その下方に拡がる雲海には橙色の光の帯が連なっている。群青色、薄緑、薄黄色、橙色、赤、黒い灰色。何歩から私の人生は惑ったのだろう。踏みしめられた残雪が音を放つ。青い色が鳴った。夕暮れが虚空に流れる綿毛の軽やかさを思い起こさせ、肉体が歩くたび軽くなっていく。私は飛んでいた。舞っていた。時計が午後六時を指していた。私の首筋に痛みが走った。首筋で蠢く甲虫の足が刺さった。いや何かが血管に挿入された痛みだった。私は墜落した。一台の旧式の路面電車が来た。パンダグラフを直撃すると、屋根が破れて路面電車のなかに落ちた。そこには壊れた座席が並んでいた。破れた布地からバネが頭を出している。割れた運転席のガラスドア越しに一羽のカラスが私を凝視していた。路面電車は街を滑走していた。街は昭和三十年代の東京だった。灰色の日劇を横目に路面電車が走る。鳩の群れが空を埋め、急に到来した夜に群集は戸惑っていた。煙を吐き出す巨大なネオンの看板が屋上に輝いている。私は父の手を握り締め、都会の夜景をじっと眺めていた。ゴジラが破壊した街の中心に立っているのだと思い、背筋がぞっとしたのことを忘れない。
涙が口蓋を満たし、溺れそうになった。私は真夜中に目が覚めた。現実と妄想の境界が曖昧になっているのか、横たわる肉体の私が現実であるという意識もなくなり、妄想や夢の方が現実味を帯びてきていた。私の生命を維持している装置の鼓動が聞こえてくる。私は次第に空想のなかに生きるようになっていた。意識が次第に明確になってきているのか、それとも肉体が崩壊していく予兆なのかは分からない。時々目が覚めると、子供の姿で近所の友達が私の枕元に立っていたりする。現実と空想が重なり合ってしまい、どちらが地であって、どちらが重なっている虚像なのかが判断がつかなくなっている。私が夢の中の存在であり、目が覚め、母親に大人になって動けなくなった夢を見たんだよと、泣いている自分が現実なのではないか。小学生くらいの薄桃色のカーディガンを着た少女が私の枕元に立っていた。その少女の顔の輪郭を記憶に重ねると、それは妙子ちゃんだという事を思い出した。私が八つの頃好きになった初恋の女の子だ。頬にキスをした思い出が忘れられない。幾分物憂げな大人びた目をした女の子だった。
「何しているの」
「眠っているんだよ」
「わたしと話しているじゃない。昨日も学校さぼったでしょ」
「学校はもう出てしまったんだよ」
「もう学校には来ないのね」
「そうだよ、もう僕は大人なんだ」
「悲しいな、妙子」
「どうして」
「わたしはずっと小学生なのに」
「もう君も大人だよ、同い年だから」
「だったら抱いてくれない。何十年もわたしはキスしかされていないわ」
妙子ちゃんは怪しげに私を睨んだ。桃色のカーディガンを脱ぐと、性的に興奮した女の狂態で絡んできた。小学生の姿のままなのに、心だけが大人になってしまったのだろう。私は妙子ちゃんに脱がされるままに裸になっていた。私のペニスは屹立していた。小さな口がペニスを咥えている。赤いランドセル。私は小児愛の欲望などなかったが、小学生の妙子に興奮を覚えていた。スカート。妙子は裸になった。すると次第に肉体が艶めきだし、子供の肉づきから大人の女の肉づきへ変貌していく。ソプラノリコーダー。肌を重ねると、成熟した女の肉体がやんわりと触れた。小さな花柄の髪留め。私は微動もできず、妙子を眺めていた。小学生の体躯に女の肉体が具わっている姿は奇妙な興奮を促した。薄桃色のカーディガン。やがて妙子は私の上で腰を振った。私はペニスが熱くなっていくのを感じた。私は妙子のなかに射精した。
次の瞬間、妙子は消えた。
二晩に一度は妙子が私の傍にやってきた。私は最近妙子以外の空想を見なくなっていた。目が覚めると、病室のリノリウムの床が日光を受けて輝き、薄汚れた天井に照り返し、一般的に現実という光景が広がっていた。妙子は小学生から次第に成長し、いまでは高校生くらいの年齢になっていた。妙子の変貌を追っていなかったら、私はいまの彼女を妙子だとは分からなかっただろう。
「もう私はいなくなるわ」
と、妙子が呟いた。
「本当。どうして」
妙子は黙ったまま私を見、辛そうに微笑んだ。
「本当。淋しいけど、もう来ないわ」
「そうか…」
「さようなら、また何処かで会いましょう」
妙子は消滅した。
「さようなら」
と、私は告げた。私は消えてしまった妙子の痕跡がまるで残り香のように宙に浮遊しているのを感じた。私は思い出した。妙子が昔に他界した初恋の人だった。私は初めてのキスをしたが、若すぎてセックスまで至っていなかった。その後高校が別になり、やがて疎遠になった。訃報を聞いた時、悲しくなった同時に存在すら忘却してしまった。どうして此処に現れたのだろう。今はいつなのだろう、何処にいるのだろう。私は脳髄の中に閉じ込められてしまった囚人なのだ。ここから出ることはできないのだろうか。急に焦燥感が満ち、何も動かない肉体と、現実か 幻覚か判別できない光景を呪った。
美奈ちゃんのへその緒を盗んだ福島の女は誰なのだろう。私は出生所とへその緒を亡くしてしまって気が狂った美奈ちゃんのことを想った。私は大きな海原を目の前にしてオープンカーを止めていた。日本海を見るのは初めてだった。女が失くしたスカーフのことを悔しがっていた。風が吹きすさんでいた。海がヒステリックに波立っていた。私が垂れ流した鼻を拭いてくれた母、失踪した母を想いました。へその緒を失くした美奈ちゃんを余り知らないけれど、母との繋がりが何であるかは神秘的なものであり、その証拠を赤の他人に盗まれる気持ち悪さを想うと、気が狂う美奈ちゃんの弱さを私にも発見できる気がしました。海は岩場を砕き、屹立する山もやがて海に飲み込まれてしまうのでしょう。海岸線には大きな岩が点在し、荒れすさぶ海の音を聞いているうち、その岸壁から海原を眺めたいと、足が向いて歩き出しました。女は「危ないから変なところ登らないでよ」と叫んでいます。思い出しました。女は私の妻でした。東北にある妻の実家へ向かう道の途中だったのです。
空はモノクロームの映像のようでした。散りじりに、速く、雲が流れていました。崖を昇ると、青い空が破かれた雲の間に顔を出し、波が一瞬きらりと輝きました。瞬間、私の足場は脆くも崩れ、はっと宙に舞いました。
頭蓋骨が割れました。目を開けると白い岩が真っ赤に染まっていました。
(2002年作)
